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赤米が復活した直接のきっかけは、平城京跡の発掘調査で発見された赤米木簡ですが、実際に復活できたのは赤米神事を受け継いできた神社のおかげです。その赤米復活の大役を果たしたのは岡山県総社市の国司神社ですが、他にも赤米神事が受け継がれている神社がありました。それは長崎県下県郡の多久魂神社及び鹿児島県熊毛郡の宝満神社です。 日本国内三カ所の神社において赤米神事は連綿と受け継がれてきましたが、守護神を中心とした村人の結束、農耕神への崇敬の念など、深い信仰心にもとづいた地道な努力によって赤米が守られてきたのです。興味深いのは、この三カ所の神社で神饌米として栽培されてきた赤米は種類が異なるということです。米の伝来ルートとも関係があるのかもしれません。 まず、岡山県総社市の国司神社の赤米神事について述べることにします。 国司神社の赤米神事 総社市新本に二つの国司神社があります。別名クニシンサマと呼ばれています。新本はJR総社駅から約1km西に入ったところです。新本はもともと新庄と本庄に分かれており、新本川を挟んで、それぞれに国司神社があります。両国司神社では、旧暦の11月15日に行われる霜月祭り(ソバ切り祭りとも呼ばれます)と、旧暦の1月6日に本庄国司神社でのみ行われる春祭り(正月祭り、甘酒祭り、あるいは年始祭りとも呼ばれます)が行われます。 国司神社の赤米は神聖な米として、村人たちに守られ、おそらく1000年近く受け継がれてきたものと思われます。国司神社にとって赤米栽培は農耕神への崇敬であり、赤米を神に捧げるのは祖先をまつるのと同じ信仰上の意味があるといわれています。地元の人の話では「赤米は病気の時やお産の時に食べると御利益がある」とのことです。 新庄国司神社の「赤米霜月祭り」は、現在、毎年の当番がお世話をします。 ![]() 新庄国司神社(手前が本殿) 神事は午後1時から始まり、献饌、祝詞、玉串奉奠と続きます。 ![]() 赤米神事(玉串奉奠)
本庄国司神社の「霜月祭り」も同じ日に当番制で行われますが、神事の内容に多少違いがあります。本殿には赤米、白米、赤米の荒米、赤米の御供(御飯)、神酒、お餅、海魚、川魚、コウヤ、カンピョウ、シイタケ、寒天、のり、昆布、人参、ごぼう、果物、菓子、塩水、甘酒、ヘギ折りという赤米の膳を四膳お供えします。ヘギ折りには、黒いも、ごぼう、煎った打ち粉、アラメ、大根の葉、しらも、人参、人参の葉、梅干しが入っており、それらの上には、きな粉がふりかけられています。神饌は本殿のほかにも、本殿横、稲荷、稲荷裏、七十五神にもお供えします。神事は午後1時過ぎから始まり、献選、祝詞、玉串奉奠、と続き、撤饌のあと直会が行われます。赤米の御供、甘酒、神酒をいただきます。ヘギ折り膳は萩の箸で食べます。参拝者には赤米の甘酒がふるまわれ、神事は最後に、その年の吉凶を占う湯立てが行われます。
《次回は1月初旬掲載》
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