メインロゴ 九州国立博物館
イメージ
メインロゴ 九州国立博物館
メニューバー01 メニューバー02 メニューバー03 文字 変更 文字 小 文字 中 文字 大
トップページ
お知らせ
展示情報
催し物
ご利用案内
収蔵品ギャラリー
データベース

よくあるご質問
イメージ
Webオリジナル ろじ
イメージ
イメージ
イメージろじ[路知]
......................
イメージ第一回
イメージ
イメージ イメージ :ページ印刷
イメージ 連載:梵鐘の響2 〜鐘との出会い、そして〜 第一回
イメージ
イメージ 吉津 晶子
イメージ
イメージ九博で出会った梵鐘に誘われて
イメージ
 本連載を再開するにあたって、これまで九博で展示されてきた梵鐘との出会いを振り返ることから始めたいと思った。梵鐘と向き合うとき、その鐘にまつわる歴史、そして造形的な美しさだけではない、何か心に訴えかけてくるような無音の響きとでもいうような空気をまとっていることに気付かされる。それは耳には聴こえないが心に聴こえてくるような強い振動である。
イメージ
 九博で行われた特別展示において、いくつかの印象的な鐘と出会った。『うるま ちゅら島 琉球』展では二口の梵鐘(うるま円覚寺鐘・万国津梁の鐘)、『海の神々』展では二口の鐘(長門一宮住吉神社鐘・円照寺鐘)である。
 これらの鐘との出会いは、いつしか新たなる旅への誘いとなり、実際に鐘があった場所へ行ってみたいという気持ちと期待が膨らんだ。
イメージ
うるま円覚寺跡に立つ
 夏の陽射しの中に映える首里城跡を右手上方に見上げる場所にうるま円覚寺(以下、円覚寺)はあった。観光客の流れからも時の流れからも切り離されたような静けさの中、そこには「円覚寺跡」との石碑と円覚寺の一部だけがひっそりと残っている。
イメージ
イメージ
イメージ
円覚寺跡
イメージ
 1492年から94年にかけて創建された円覚寺は、禅宗式の七堂伽藍を完備した琉球最大の寺院であったと伝えられる。塀をつたって一周歩いてみたが、往時の面影はそこになく、ただ放生池のみが姿を残していた。
 太平洋戦争末期、円覚寺は燃え落ちたが、奇跡的に円覚寺鐘は燃え残り、戦争の悲惨さをその傷だらけの鐘身から伝えている。人々の平和への祈りが撞木となり、撞座を揺らし、円覚寺鐘の無音の音は後世へ伝えられていくのだろう。
イメージ
イメージ
イメージ
円覚寺放生池
イメージ
万国津梁の鐘に託された思い
イメージ
[鐘銘原文]
イメージ
イメージ
[書き下し文]
イメージ
琉球国者南海勝地而
イメージ
イメージ
(琉球国は南海の勝地にして) イメージ
鍾三韓之秀以大明為
イメージ
イメージ
(三韓の秀を鍾(あつ)め、大明を以って輔車となし、) イメージ
輔車以日域為唇歯在
イメージ
イメージ
(日域を以って唇歯(しんし)となして、) イメージ
此二中間湧出之蓬莱嶋也
イメージ
イメージ
(此の二つの中間にありて湧出せる蓬莱嶋なり。) イメージ
以舟楫為万国之
イメージ
イメージ
(舟楫(しゅうしゅう)を以って)万国の津梁(しんりょう)となし) イメージ
津梁異産至宝充満十
イメージ
イメージ
(異産至宝は十方刹に充満し、) イメージ
方刹地霊人物遠扇和
イメージ
イメージ
(地霊人物は遠く和夏の仁風を扇ぐ。) イメージ
イメージ
[現代語通釈]
琉球国は日本の南にある、仏法が栄えているりっぱな土地で、朝鮮のすぐれたところを取り集め、明とは上あごと下あごのように互いに助け合い、日本とは唇と歯のようによりそいあって助け、この明と日本の二つの国の中間にあって、大地から出現したあこがれの島である。船をあらゆる国々への橋渡しとし、異国の産物や、貴重な品々は、国中に満ちあふれ、土地がらも人々の心も遠く日本や中国のすぐれた徳の教化をまねく。
イメージ
小島瓔禮著『万国津梁の鐘』(沖縄総合図書)より
イメージ
イメージ
イメージ
万国津梁の鐘
イメージ
 万国津梁の鐘は、銘文によれば「本州中山国王殿」にかけてあったとされる。中山殿(首里城正殿)という説に導かれるように首里城跡を目指す。復元された首里城正殿には観光客があふれ、内部観覧のための列ができていた。しばし青空を背景にして浮かび上がる朱色の正殿を見つめる。そして梵鐘をどこにかけたら収まりがいいのかを想像してみる。正殿の真正面?いや、向かって右側?それとも左側だろうか?高さ154.5センチメートル、口径94センチメートル、重さ600キログラムの梵鐘を支えられる強度はあるだろうか等と変な心配までしてしまった。
イメージ
イメージ
イメージ
首里城正殿
イメージ
 「万国津梁の鐘」は、その銘文の中の「万国之津梁」の句をとった愛称である。琉球は日本とアジアをつなぐ掛け橋としての存在であるという強い意識と理想が垣間見えてくる。この愛称で呼ばれるようになったのは、決して時代を遠く遡るほどではない。廃藩置県後、那覇市西町の真教寺に移管されていたところ、昭和14年に首里城へ返す運動が起こったことによって昭和18年に首里城博物館に展示されるようになったとのことである。終戦まで2年という時期である。
 円覚寺鐘と同様、この万国津梁の鐘もまた奇跡的に戦火を生き延び、我々の目の前にある。痛々しいまでに弾痕を残し、歴史を無言の中に語っている。
イメージ
イメージ
> イメージ
万国津梁の鐘(撞座)
イメージ
斎場御嶽を歩く
 『海の神々』展で最終室を飾った斎場御獄(せーふぁうたき)にも足を伸ばしてみた。琉球王国最高の聖地であるこの場所にも戦争の爪痕があった。砲弾が落ちて大きな穴が空き、そこに水が溜まって池となった場所である。しかしこの池の周りの木々を見渡すと、そこかしこにカエルの卵がぶら下がり、戦争の爪痕さえも繁殖の場としてしまう、自然の力強さを見ることができた。
イメージ
イメージ
イメージ
斎場御嶽
イメージ
イメージ
イメージ
砲弾池
イメージ
 歩みを進めると、どこからか甘い香りが風に乗ってやって来た。ガイドをしてくださった方によると、香りの正体はゲッキツ(月柑)で、ゲッキツは台風が近づくと数多く花が開くそうである。青い甘いその香りは、嵐を予感させる香りなのであろうか。
イメージ
イメージ
イメージ
ゲッキツの花
イメージ
 今回の旅は梵鐘が導いてくれたように感じられる。さまざまな場所で梵鐘の音色を聴くことだけではない出会いに感謝し、また本連載を開始したいと思う。
イメージ
イメージ
イメージ
三庫理(さんぐーい)チョウノハナ拝所
イメージ
【関連リンク】
開館記念特別展「美のシリーズ」第三弾 『うるま ちゅら島 琉球』展 [リンク]
イメージ
特別展を観る:写真で巡る琉球の歴史の響「梵鐘を訪ねて」 [リンク]
イメージ
開館一周年記念特別展 『海の神々』 - 捧げられた宝物 〜 [リンク]
イメージ
【参考文献】
小島瓔禮著『万国津梁の鐘』(沖縄総合図書)1991年
沖縄県立博物館友の会『博友』2004年
イメージ
【謝辞】
沖縄県立博物館平川信幸氏には資料の提供で大変お世話になりました。ここに感謝の意を表します。
イメージ
イメージ
イメージ
イメージ
イメージプロフィール:
吉津晶子(よしづ・まさこ)
武蔵野音楽大学大学院修了
音楽療法士
臨床発達心理士
熊本学園大学社会福祉学部専任講師
『子ども心理学入門』(共著)北樹出版
「音楽療法と福祉臨床」『現代のエスプリ452臨床心理福祉学』至文堂
『臨床に必要な社会福祉援助技術演習』(共著)弘文堂
イメージ
イメージ
このサイトについて::お問い合わせ::関連リンク集::サイトマップ
Copyright © 2006 Kyushu National Museums