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Webオリジナル ろじ
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イメージろじ[路知]
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イメージ 特別展を観る:写真で巡る琉球の歴史の響「梵鐘を訪ねて」
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イメージ 吉津 晶子
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 開館記念特別展第三弾『うるま ちゅら島 琉球』に、今回は沖縄より二口の梵鐘が出展されるということで、ゴールデンウィーク最終日に九州国立博物館を訪ねることとした。(2006年5月7日)
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イメージ太宰府駅から九州国立博物館への道
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 太宰府駅からは徒歩で九州国立博物館へと移動する。小雨が降っていたが、傘を差すほどではない。歩く人の波は、太鼓橋の手前で二手に分かれる。一つは太鼓橋を渡って太宰府天満宮へ、そしてもう一つは菖蒲池を経由した九州国立博物館への道である。
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新緑にうもれる太鼓橋
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菖蒲池
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 新緑の雨に濡れた色の美しさと、若芽の放つ萌香が清々しく、博物館への進む道をゆったりとした心地にさせてくれる。
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イメージいよいよ特別展示室へ
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 館内エントランスでは、沖縄綱引きに使用される2本の大綱が展示されており、来館者を迎えている。また、特別展示室へのエスカレーターを上がると、特別展のためのミュージアムショップが置かれており、その一画で三線をつま弾く人がいる。視覚的に訴えかける大綱と聴覚に訴えかける三線の音色は、沖縄の雰囲気をそのまま運んできたようである。
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イメージ琉球の梵鐘1(うるま円覚寺鐘)
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 展示室を入ってすぐの角を曲がると、その鐘は静かに佇んでいる。鐘の後には、うるま円覚寺の写真が大きく引き伸ばされて展示されている。1945年(昭和20)、沖縄戦で焼失・亡失する前の姿である。うるま円覚寺は首里城近くにあって、第二尚氏の菩提寺であった。1492年(弘治5)、尚真が父の尚円のために鎌倉円覚寺を模して建立した琉球最大の臨済宗寺院であった。鋳工は周防(現山口県)の鋳物師・大和相秀である。
 上部の飛雲には地蔵菩薩が鋳出され、「今上世主尚真王宮生」と金象嵌が施されているのが特徴である。戦災による弾痕が痛々しいが、円覚寺の焼跡に今の姿で残っていたことは、奇跡のようなものである。
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◎注 特別展示室内での撮影は禁止されています
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うるま円覚寺鐘
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地蔵菩薩
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金象嵌の部分
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弾痕
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イメージ琉球の梵鐘2(万国津梁の鐘)
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 旧首里城正殿前鐘こと「万国津梁の鐘」は、1458年(天順2)に鋳造された。藤原国善作、銘文は相国寺の住職渓隠である。2章 海上の道 に大きく存在を示すこの鐘は、和鐘の形式を備えながらも、朝鮮鐘や中国鐘の特徴を合わせ持つという、まるで海上の道で出会った文化が結晶したような鐘である。
 撞座や胴には無数の傷があり、この鐘がくぐってきた歴史を思うと胸が痛むが、胴部に刻まれた銘文は、琉球国がいかに万国をつなぐ津梁(かけ橋)であったのかということをうかがい知ることができる。現在は鳴ることのない鐘ではあるが、その無音の響きは万国をつなぎ、平和を祈っているようである。
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◎注 特別展示室内での撮影は禁止されています
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万国津梁の鐘
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撞座の傷
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弾傷痕
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 あいにくの天気ではあったが、雨に煙る太宰府の山々や若葉が美しく、その時々によって表情を変える九州国立博物館をとりまく自然を楽しむことができた。蛙が鳴き、竹林には野生の藤が咲誇り、自然と一体となった博物館の姿もまた美しかった。
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 帰りはまたトンネルを抜け、太宰府天満宮へと歩く。雨に濡れる飛び梅の葉、そしてあちこちに実る梅の実は、やがて訪れる梅雨を予感させていた。
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睡蓮
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本殿と飛び梅
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