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東大寺大仏殿を正面に見て右手、二月堂へ上る道の途中の小高い丘の上に東大寺梵鐘はある。そこは燦然と輝く鴟尾(しび)を右斜め上方に見上げられる場所であり、ちょうど大仏様(盧遮那仏)の左耳に梵鐘の音が届くような場所でもある。 ![]() 鐘楼前より大仏殿を臨む 東大寺梵鐘は、日本三名鐘「姿(形)の平等院、音(声)の三井寺、銘の神護寺」に並ぶ、「勢の東大寺」として有名であり、奈良太郎の愛称で呼ばれている。 華厳宗大本山 東大寺(けごんしゅうだいほんざん とうだいじ) 聖武天皇が早世した基(もとい)皇太子の菩提を弔うために建てた金鐘山寺(きんしょうさんじ)を始まりとして、天平13年(741)国分寺建立の詔によって、金鐘山寺から金光明寺となり、東大寺と称するようになった。天平勝宝4年(752)には本尊の盧遮那仏の開眼供養が行われた。 その後、全国の国分寺の中心としての役割を果たし、華厳宗をはじめとする南都六宗の教学活動の場として興隆を極めた。しかし、大地震で大仏の頭部が落下(斉衡2年・855)、平重衡の南都焼き討ち(治承4年・1180)、松永久秀が三好三人衆との戦いで火をかけ大仏殿を焼失(永禄10年・1567)という度重なる受難に遭った。 受難の度ごとに、重源上人や宋西禅師、公慶上人の大仏殿再興の勧進によって、幅広い層の人々の人的、物的、金銭的協力が集まり再建されてきた。 平成10年(1998)12月、「古都奈良の文化財」としてユネスコの世界遺産に登録された。 鐘楼と梵鐘 梵鐘は東大寺創建当初に鋳造されたことが、また鐘楼は13世紀初頭(承元年間・1207〜10)、栄西禅師によって再建されたことが分かっている。大仏様(だいぶつよう)に禅宗様(ぜんしゅうよう)が加わった簡素ながらも力強い木組みの鐘楼は、四方に音抜けがよく、また高さのある天井によって梵鐘の音の響きに変化がつけられているようである。鐘楼と梵鐘はともに国宝である。 ![]() 鐘楼と梵鐘 鐘楼ヶ丘に立って 奈良太郎の響きをぜひ聴きたいということで東大寺に連絡すると、「午後7時半ごろに鐘楼の近くへご自由にどうぞ」という返事をもらった。9月のまだ残暑が残る午後6時、鐘楼ヶ丘を目指して坂道と階段を登った。眼前に開けた場所には、夕焼けに照らし出された鐘楼と想像以上に大きい梵鐘があった。刻一刻と変化する夕焼けは、鐘楼の木組みを通して様々な影を作り出し、不思議な影絵を鐘楼内に形作っている。 ![]() 鐘楼内 また、同じく梵鐘にもその影が落ちている。夕焼けが当たる部分は金色、その反対側は青銅色、鐘身中央をめぐる四条の線に、鐘楼の影が新たな文様を刻んでいる。 ![]() 梵鐘 ゆっくりと陽が傾き、目を開けていられない程のその強い光は、まるで西方浄土から寄せてくる光の波のようである。この光の波を音で表すとどのような音であろうかと想像した。東大寺という仏教の場所に居て、その想像に沸いてきた音は、パイプオルガンの音であった。サン=サーンスの交響曲第3番<オルガン付き>の第4部冒頭のハ長調の重厚な和音が頭の中に響いた。日本的な場所に居ながら西洋の響きを感じるとは不思議だが、あまねく照らす太陽は、西洋も東洋も同じである。宗教の違いや文化の違いを超えたところにある「何か」を感じた一瞬であった。また、沈みゆく夕日を見ながら、美しさよりもその荘厳さに恐れ、己の小ささを感じた瞬間でもあった。 ![]() ♪梵鐘の音を聴く♪ [wavファイル][AIFFファイル]276KB 東大寺鐘の響き 午後7時を過ぎる頃、ライトアップされた大仏殿が、まだ薄明るい夜に浮かび上がる。鏡池のほとりで鹿が鳴き、その声に呼応して遠くの鹿が鳴く。中学校鑑賞共通教材の尺八曲で聴いた「鹿の遠音」と一緒なんだなあと、しばしの間、鹿の鳴き声を聞く。そのうちに足下から虫の鳴き声もしはじめて、いよいよ暗くなってくる。鐘楼の周りには人の気配はなく、ただ一人だけ梵鐘が撞かれるその時を待つ。もはや鹿の鳴き声もしなくなり、虫の声だけになってくると、少しづつ心細さが募ってくる。灯は遠くに見えるが、足下さえはっきりと見えない暗さである。 やがて人の気配が近づいてきて、固定された撞木を外す鎖の金属音が聞こえ、それまでの心細さが梵鐘の音を聴く期待へと変わった。少しの間の後、梵鐘の第一声である。大きな鐘なので、低音がずっしりとくるかなと思っていたが、倍音によって生じる高音部分もよく聴こえ、全体的にバランスのいい音である。四方に大きく開いた鐘楼のおかげか、音が塊として飛び出してくるのではなく、空気に拡散されるような感じで聴こえてくる。拡散された音はどこに消えていくのだろう。 音は形ないけれども、人の耳に届いて、その心のなかに形をつくる。過去と現在をつなぐ梵鐘の音は、過去と現在そして未来の人の心をつなぐ音なのだろう。華厳の教えの中に「形なき」ものが「顕わになる」という一節があるが、梵鐘の音を通して少しだけ理解できたように思えるが、理解できたような気がするだけなのかもしれない。 参考文献 玉城康四郎「華厳入門」春秋社(1992) 橋本聖圓「東大寺と華厳の世界」春秋社(2003) 文化庁監修 杉山洋「日本の美術355―梵鐘」至文堂(1995) 「古寺をゆく(2)東大寺」小学館(2001) ・http://www.todaiji.or.jp/ 東大寺オフィシャルサイト |
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