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連載1回目に菅原道真公の七言律詩「不出門」を紹介した。 都府樓纔看瓦色 [都府樓(とふろう)纔(わずか)に瓦色(がしょく)を看(み)] 観音寺只聴鐘声 [観音寺(かんのんじ)は只(ただ)鐘声(しょうせい)を聴(き)く] この漢詩からは、見るものは都府楼の瓦の(碧)色、聴くのはただ観世音寺の鐘の音という謫居生活の状況が見えてくる。では道真公が聴いた鐘の音とはどのようなものであったのだろうか。改めて鐘の音について考えてみたい。 ![]() 榎社(榎寺)と都府楼・観世音寺との位置関係 道真公が榎社(榎寺)の場所で暮らしていた頃と現在とでは、音環境に大きな違いがある。しかし観世音寺の鐘の音自体には違いはなく、また当時は大気も澄み、高い建物等の障害物もなかったことを考えると、榎社(榎寺)まで鐘の音が到達するには、343m/秒(気温20度)として、およそ3秒弱であると考えられる。また、距離があるため、撞いたときの衝撃音(アタリ)ではなく、安定した音高のある(オシ)と鳴り終わり(オクリ)の部分が聞こえていたと考えられる。 連載2回目で取り上げた観世音寺鐘の各部分音の周波数表を参考にしながら、「聞こえ」の部分も加味すると以下のように採譜することができる。 ♪梵鐘の音を聴く♪ [wavファイル][movファイル]624KB(平成17年8月25日鐘楼内録音) ![]() 採譜 註:梵鐘の音の採譜に関して、前面に出てきている「聞こえ」を中心に採譜している。また、A=440Hzよりも低めのピッチであることを付記しておく。 調子について ここで日本において古くから使われている調子の名称を整理しておこう。特に梵鐘との関係では、吉田兼好の『徒然草』第二百二十段の およそ、鐘の声は黄鐘調(おうじきちょう)なるべし。これ、無常の調子、祇園精舎の無常院の声なり。 〜中略〜 浄金剛院の鐘の声、また黄鐘調なり。 で有名である。 ![]() では観世音寺鐘の調子は?となると、FFT分析の結果で見ると「鸞鏡調(らんけいちょう)」、聞こえで見ると「平調」となる。しかしこれらは、あくまでも現代人の耳で聞いたものであり、古代・中世の人々の耳では、また違った調としてとらえられていた可能性も大きい。その代表的な例として、妙心寺鐘をあげることができる。 現在、京都妙心寺の鐘楼にある妙心寺鐘は復元されたものである。その復元調査過程において、唐古律における「黄鐘(こうしょう)」、雅楽における「神仙(しんせん)」で鋳造されていたことが分かっている。つまり、現代の耳で聞くと、限りなくハ(ド)に近い音なのである。同じ漢字ではあるが、表に見る「黄鐘(おうじき)」の音を指しているわけではないのである。 観音寺只聴鐘声 [観音寺(かんのんじ)は只(ただ)鐘声(しょうせい)を聴(き)く] 道真公の謫居生活の中で、観世音寺鐘の音がどのように届いていたのかは前述のように想像・仮定するしかない。しかし流謫の日々を綴った『菅家後集』からは、鐘の音を聴いている姿が伝わってくる。 また、梅をこよなく愛したとされる道真公だが、同じく白菊も愛したとされている。その姿が七言律詩「種菊(菊を種う)」にあり、謫居の庭に白菊を育て、菊花のときまで自分が生きていられるか分からないが、今はとにかく何も考えず菊を植えていると詠んでいる。 仏にお供えする白菊、そして梵(清浄・神聖の意)鐘の音という、仏教との結びつき。道真公の心の安らぎはそこにあったのだろうか。少しでもあったのではないかと思いたい。 参考文献 小泉文夫「日本の音ー世界の中の日本の音ー」平凡社 中川眞「(増補)平安京 音の宇宙」平凡社 安倍季昌「雅楽がわかる本」たちばな出版 小島憲之、山本登朗「菅原道真 日本漢詩人選集」研文出版
《次回、妙心寺の梵鐘》
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