![]() |
![]() |
|
|
...................... |
|
「どんな音のする鐘なんだろうね。」 全てはこの一言から始まった。 認知症(痴呆症)のお年寄りを対象に、音楽療法の臨床を行うようになって10数年が経つ。音楽療法の中では、様々な歌や音楽、懐かしい品々を使用しながら、お年寄りの方々と一緒に記憶の旅をしている。その中で出てきたキーワードが「梵鐘」だったのである。 「夕焼け小焼け(作詞:中村雨紅 作曲:草川 信)」を歌った後、歌詞を振り返り、その情景を考えるという中で出てきた“お寺の鐘”というキーワードは、お年寄りの記憶を強く刺激した。「どんな音のする鐘なんだろうね」という問いかけから会話が始まった。 お寺の鐘の音を記憶の中から拾い上げ、「ゴーン」「ぐわーん」「コーン」など、音を直接表現するお年寄りの発言が続く。その次に「物悲しい音」「慈悲深い音」など、音の形容表現が続いた。音楽に造詣の深い女性が、「あの音は“イ(ラ)の音”だったわ」と具体的な音名まで飛び出した。その後、戦争の供出によって鋳潰された鐘、生活の品々(供出した鍋や釜、陶器でできたボタン、フス)の話へと話題は飛んだ。「鐘の音を久しく聞かなくなった」という言葉を残して、その回のセッションは終了となった。 ここまで記憶を刺激する“お寺の鐘”とは何なのだろうという思いが、梵鐘について、そしてその音について調べる出発点となったのである。 道真公の耳に届いた音 都府樓纔看瓦色 [都府樓(とふろう)纔(わずか)に瓦色(がしょく)を看(み)] 観音寺只聴鐘声 [観音寺(かんのんじ)は只(ただ)鐘声(しょうせい)を聴(き)く] 菅原道真公による七言律詩「不出門(門を出でず)」の一部である。太宰府に流された道真の悲痛な思いが綴られている。見るものは都府樓の瓦の色、聴くのはただ観世音寺の鐘の声という謫居生活の中で、道真公の耳に届く鐘の音はどのようなものであったのだろう。 現在の榎社(榎寺)に道真公の幽閉先があったとされている。都府樓入り口から約600メートル、観世音寺から直線距離で約1000メートル。聞こえる鐘の音は、その距離以上の遠さを感じさせ、より一層寂しさを演出したのだろう。そして「聞」ではなく、「聴」という文字からは、遠くの鐘の音に対し、意識的に耳を傾けている道真公の姿が見えてくるようである。 現在、緑が濃い陰を落とす境内には、道真公が聴いた音環境とは全く違う音がせめぎあっている。すぐ近くに西鉄天神大牟田線の電車の音と踏切警戒音。そして少し遠くに国道3号線を走る車の音、上空には福岡空港を離発着する旅客機のジェット音。道真公の神霊は、これらの音をどのように表現されるのであろうか。 ![]() 榎社(榎寺):毎年9月に神幸式大祭(どんかん祭)が行われ、天満宮より神輿がお下りになる。五行(護行)の太鼓と鐘が先頭に立ち、「ドン(太鼓)カン(鐘)」と交互に音を響かせ進むことからどんかん祭とも呼ばれる。 ![]() 都府楼跡 清水山普門院観世音寺(せいすいざんふもんいん かんぜおんじ) 観世音寺は、中大兄皇子(天智天皇)により母帝斉明天皇の菩提を弔うために発願されたのが始まりである。和銅2年(709)に元明天皇により造寺が急がれ、天平18年(746)に発願から八十年余りを費やして建立された。また、天平宝字5年(761)には、鑑真によって戒壇院が置かれ、西国における受戒の道場となり、大和東大寺・下野薬師寺とともに日本三戒壇の一つとなった。やがて大宰府自体の権力の衰退という背景や、焼失・倒壊によって次第に規模が縮小し、戦国時代には多くの寺領を失うこととなった。元禄16年(1703)に戒壇院が観世音寺より離脱し、ほぼ現在の形へ至ることとなった。多くの寺宝を有し、平安時代から鎌倉時代にかけての仏像(全て重要文化財)が数多く残されており、寺勢の興隆をその木造仏の中に見ることができる。 ![]() 観世音寺梵鐘 道真公が聴いた鐘の声、その梵鐘(国宝)が今でも現役で観世音寺境内の鐘楼の中に美しい姿を見せている。(10月16日より文化交流展示室にて展示)京都・妙心寺の梵鐘と兄弟鐘と称され、ほぼ同年代に鋳造されたということが多くの研究から明らかになっている。 妙心寺鐘には、内側に銘文「戊戌年四月十三日壬寅収 糟屋評造舂米連廣國(かすやのこおりのみやつこつきしねのむらじひろくに)鋳鐘」と鋳出されている。糟屋は福岡県に今も残る郡名であり、須恵川そして多多良川という水利に恵まれた土地でもある。戊戌年は文武2年(698)にあたる。観世音寺鐘は、この妙心寺鐘と全体の大きさやその姿から、同じ年代頃、同じ鋳型を用いて鋳造されたのではないかといわれている。また観世音寺鐘は無銘とみられていたが、近年の研究により、笠形の上に、「天満」、口の底辺に「上三毛」「麻呂」などの陰刻銘が発見されている。(次回、観世音寺の鐘の音1) 参考文献 「九州考古学散歩」 学生社 「古寺巡礼京都妙心寺」 淡交社 「全集日本の古寺 第18巻四国九州の古寺」 集英社
《次回は11月初旬掲載》
|
|
このサイトについて::お問い合わせ::関連リンク集::サイトマップ Copyright © 2006 Kyushu National Museums |