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イメージ 連載:温故知新1〜オランダ燈籠はどうしてやってきたのか〜
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イメージ 矢野 真
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のオランダ燈籠に費やされた多大なる労力は一体いかなるものであったのであろうか。また、この西洋的なフォルムをもった燈籠が日光東照宮に設置されている意味は何なのだろうか。それを解明するために、国立オランダ美術史資料センター発行の “Oud Holland”1979年第2号に掲載されたTh.H.ルンシング・スヘルレールの論文「日光東照宮のオランダ燈籠」をもとに、その様式や制作の過程・制作者などの歴史についてみていきたい。
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 結論から先にいってしまうと、この燈籠が東照宮に設置されている大きな理由として、台湾の領土をめぐって日本とオランダが衝突したことの事後処理と、日本との貿易独占があげられる。17世紀、オランダ東インド会社は日本とつねに友好関係を発展・確立し、貿易を円滑に行うための代償として、商館長の江戸参府が毎年義務づけられ、将軍を儀礼訪問して「献上品」を差し出していた。これにより居留地(当初は平戸であったが、1641年にポルトガル人のキリスト教布教の関係で、出島に移るように指示された)に帰る許しが与えられ、貿易をさらに1年間行うことが認められた。「献上品」によって、オランダは日本との貿易を許された唯一のヨーロッパ人という独占的立場を築いた。これは鎖国がとかれるまで約2世紀の間続き、このような発展が生まれるような状況づくりに、真鍮作品は効を奏したというわけである。
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 オランダ人による日本貿易独占の進行時期はまた、幕府権力の確立、高揚が顕著になる時期であった。設置されている日光東照宮の造営・社参は、この時期において実現しており、オランダがこの時期にあわせて献灯したことは、徳川政権の意にかなうものだった。燈籠に刻まれた銘によると、その奉納は「寛永十三年四月十七日」となっており、この日こそ将軍家光親拝の当日であった。献灯は3回行われている。第1回目の献灯は1636年でシャンデリア型の灯架を、第2回目は1640年でスタンド型灯架とブランケット型灯架を、そして第3回目の1643年にこの燈籠が献灯されている。これらはいずれも、アムステルダムの真鍮細工技術の産物であり、現在は陽明門のそばにまとめて設置されている。
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 この真鍮細工の作者であるが、先に述べたスタンド型灯架とブランケット型灯架については、アムステルダムの真鍮細工師であるヨースト・ヘリッツゾーン(1598―1652)の作であることが確認されている。それらと燈籠を比べると、トスカナ風の柱頭を持つねじり柱や巻軸模様が共通していることから、同一の真鍮細工師の工房でつくられたものであると考える。
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 また、彼の作品はヨハネス・ルトマ1世(1584−1669)という設計師が形態を決定し、それにしたがって制作されたものであることが考えられる。それは、ルトマがスケッチした形態とヘリッツゾーンの作品に共通点がみられるため、ルトマが燈籠の設計も手がけていたことが、ほぼ確かといえる。
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 このように、今から400年近く前、オランダ燈籠は将軍家光への「献上品」として日本にやってきた。それには、日本との貿易独占といった政治的に最大の効果をねらったものであることがわかる。そうした政治的な流れが、多大なる労力を費やしながらも、豪華な細工の施された真鍮製の燈籠などを奉納しなければならないという理由であった。そして、その「献上品」は将軍の意に叶ったため、正遷宮が決まった日光東照宮に置かれることになったのである。現在でも西洋的なフォルムをもち、緑青(ろくしょう)により変色しながらも威厳や風格をもって存在している理由がそこにある。
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<参考資料>
・Th.H.ルンシング・スヘルレール著、太宰隆訳
 『日光東照宮のオランダ燈籠』オランダ外務省 1980
・村上直次郎訳『長崎オランダ商館の日記』岩波書店 1980
・日光社寺文化財保存会
 『重要文化財東照宮 神輿舎、東通用御門、表門附簓子塀内番所燈台穂屋(八角)燈台穂屋修理工事報告書』1981
http://www.pref.nagasaki.jp/nichiran/ 長崎県文化財調査報告 日蘭関係資料
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海を渡って日本へ来たオランダ燈籠
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日本との貿易に燈籠は貢献した
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巻き軸模様が美しい内部の燭台(実物)
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緑青により風格がでている燈籠(実物)
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《次回は12月初旬掲載》
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