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突然、電話のベルが何かを思い出したかのように部屋中に響き渡った。私が受話器を取ると、受話器の向こう側から福岡に住む高校時代からの親友が明るく話しかけてきた。仕事で長崎ハウステンボスへ取材に行ったという。彼は「以前、君が制作に関わったオランダ燈籠をみてきたよ。」と話してくれた。 「オランダ燈籠・・・。」そういえば、あれは大きな共同制作プロジェクトだった。3mもある本物の燈籠の測量を行ってその図面を作成し、図面に忠実に粘土などで実物大をつくり、それを石膏で型取って石膏原形を制作する。さらにそれを本物と同様の真鍮で鋳造して仕上げ、組み立てるといった研究制作であった。私が東京藝術大学の大学院生の頃だったから、かれこれもう15年位前の話である。東京藝術大学の美術教育研究室をはじめとする様々な関係機関との共同研究であり、高さ3mの真鍮でできた回転式燈籠の模刻(レプリカ)を忠実に再現するといったものだ。当時学生だった私は何もわからないまま、研究室の先生のアトリエや長崎の現地まで連れていかれ、本当に楽しくも辛い思いをしたものだ。朝起きて朝食を食べると、すぐに長崎の現地で組み立てを行う。それは夜の9時過ぎまで続き、一日が終われば宿に帰って寝るだけ。そのようなことが1週間以上続いたこともあった。何事も初めての経験である私にとってみれば、すべてが新鮮で申し分のない研究制作であった。しかし、月日が経つのはおそろしいもので、親友からの電話がなければ記憶の彼方に追いやられて忘れてしまうところだった。 このオランダ燈籠の実物は日光東照宮にある。実は、日光は私にとって父方の故郷でもあり、毎年のように日光には出かけていた。当然、東照宮にも毎年参拝していたため、オランダ燈籠とは毎年のように顔を合わせていた。もしかするとこの研究に出会うのは必然であって、運命だったのかもしれないと感じてしまうくらいだ。 その東照宮のオランダ燈籠と顔を合わせるなかで、いつも疑問に感じていたことがある。東照宮は日本が誇る文化財としての建造物であるが、どうしてこの場所に西洋的なフォルムをもった燈籠や灯架があるのだろうかということである。正直、その関係性は不思議で場違いな感じがする。本物の燈籠は真鍮でできているため、時間が経過した分だけ緑青(ろくしょう)がつき風格がでており神秘的だ。それにしても、その風格にも増して当時の迫力がそのまま残っているのは驚きであり、よくもこんなに大掛かりな制作を行ったものである。模刻制作でも4年近くを費やした共同制作プロジェクトになったことを考えれば、いかにそれが大掛かりな制作であったのかが伝わるであろう。このオランダ燈籠が実際に制作献上までに費やされた多大なる労力は、当時一体いかなるほどのものであったのであろうか。また、この西洋的なフォルムをもった燈籠が日光東照宮に設置されている意味は何なのだろうか。研究に関わっている時はこれらをまとめようなどと考える余裕もなかったが、今回の親友からの電話をきっかけに、記憶の彼方に追いやってしまう前に整理しておく必要があると思った。 そこで、共同研究者の協力を得ることができたため、共同制作を行った作家としての私自身の立場から、日光東照宮にあるオランダ燈籠の模刻制作について、長崎ハウステンボスに設置するまでの制作記録をたどり、同時に徳川幕府に献上された際の歴史を振り返りながら、現代によみがえった燈籠を考えてみたいと思う。 <参考資料> ・Th.H.ルンシング・スヘルレール著、太宰隆訳 『日光東照宮のオランダ燈籠』オランダ外務省 1980 ・村上直次郎訳『長崎オランダ商館の日記』岩波書店 1980 ・日光社寺文化財保存会『重要文化財東照宮 神輿舎、東通用御門、 表門附簓子塀内番所燈台穂屋(八角)燈台穂屋修理工事報告書 』1981 ・http://www.pref.nagasaki.jp/nichiran/ 長崎県文化財調査報告 日蘭関係資料
![]() 長崎ハウステンボスに設置されたオランダ燈籠
《次回は11月初旬掲載》
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