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そばは救荒穀物の一種、どちらかといえば目立たない穀物である。九州山地は標高500mから1,000mにかけての高地が、起伏の激しい特徴を浮き立たせながら、森林のなかにわずかな天を仰ぐ地表を創りあげている。その地表に椎葉村では焼畑農耕の伝統が今も引き継がれている。「木下し(きおろし)」の翌年の夏、その地に地蔵札を立て火入れが行われる。燃やし終わるとまだ温かいうちにそばの種が蒔かれる。そばは生育が早く、75日で収穫できるのが強みである。 このそばを活かした特産のひとつに「そば焼酎」がある。1973年(昭和48年)にそば焼酎「雲海」が五ヶ瀬町に誕生する。麦で麹をつくり、これに破砕したそば粉(=「グリッツ」)を水とともに合わせて発酵させる。この二次仕込みの酒(二次もろみ)を減圧蒸留したものがそば焼酎である。主原料のそばにこだわり、2005年(平成17年)にそば麹100%の「雲海全麹仕込み」が誕生した。そばの旨味と香りを存分に活かす、アルコール度30%のストレートタイプ焼酎である。
九州山地は高千穂から椎葉を経てえびの地域まで、カシ・シイ・クスノキなどの照葉樹林が走り、四季豊かな、多様な動植物の繁茂する環境が継承されている。森林は水源でもあり、さらにCO2の吸収源、建築材の供給、人間の癒しの空間など、多様な機能を有する。その機能の一つに「霊山」がある。神は霊山に宿り、里に降りるが、それに合わせて祭りが催される。神楽(かぐら)はその祭礼の一形式である。 郷土史家永松敦が神楽の変遷について記述しているが、その史実はまことに驚きである。高千穂神楽の歌詞は本来仏教の言葉であったが、江戸期に国学の影響で神道用語に転じたのだ、という。たとえば、みほとけ(御仏)がみよなれは(御代なれば)に、じょうど(浄土)がたかあまはら(高天原)に、ほさつ(菩薩)がからた(体)へと。神楽歌の「神」という漢字から、「神道」始源と思い込んでいたわが不明を恥じた次第である。 さて、11月17日から翌年2月にかけて、夜神楽33番の舞が毎日奉納されるが、その先陣をきって「猪掛祭(ししかけまつり)」が催される。何と、神前に猪が生きたまま両足を縛られて供えられている。もともと肉食を忌避する仏教を始源としているはずなのに、こともあろうに生肉なのである。それだけに、高千穂神楽、椎葉(しいば)神楽、そして銀鏡(しろみ)神楽などでの、狩猟文化の投影はまことに興味の尽きないものである。 とくに、椎葉神楽では包丁とまな板が準備され、猪の肉が舞い手全員に分配されて食される。動物は聖なる生贄であり、その生命は神の面前でそのすべてが食されねばならない。 動植物の生命を食して人は生きている。こうした神楽は人が生きていく生命のやり取りを眼前に見せてくれる。食すとは、生命をいただくことであり、食事始めの「いただきます」、とは自然界の生命への感謝だということを。 猪肉は鹿肉とともに動物性蛋白質、これは大豆などの植物性蛋白質とともに貴重な蛋白源である。高千穂の「猪味噌」は自然を食卓に持ち込み、多機能で、使い勝手の良い美味なヒット製品である。「高千穂の家庭料理大集合」には、多彩な当地の特産が発掘されている。寿司や炊き込みご飯では、「とうきび飯」、「黒米の赤飯」や「むかごご飯」が珍しい。「むかご」の料理が多く、面白いのは「昆虫食」である。「はちの子めし」あり、「すずめ蜂のナスいため」あり、そして究極はこれである、「はちのから揚げ」。郷土食は郷土色にて満開である。 「そば巻き」は巻きすしの米に代えてそばを代用、これも山中ならではの食文化。そばは地味の肥えていない土地でも育つが、食すには手間ひまをかけないと旨味はない。そばを挽いて粉にすると、「そばがき」で食することができる。「そば切り」は麺として食すが江戸食文化の所産である。製粉して塩・水で捏ねて寝かせてコシをつくり、均等に包丁で切る。茹で、洗い、汁(つゆ)、薬味、というように、名人芸には並の熟練では届かない。 高千穂町に手打ちそば「神代庵」がある。あるようなないような細い路地を摺り抜けると、石塔を左に見て、正面に看板もない家の玄関に立つ。ここが「神代庵」である。店主金丸邦彦はここで開業11年目、そばの産地にこだわり、天ぷらの素材にこだわる。和食のプロの腕前は天ぷら芸に活かされる。その日の食材は、むかご、ふきのとう、菜の花、よもぎなどの自然のオードブルであった。山あり、水あり、そこに生命あり、われらその生命をありがたく食すのである。
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