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イメージ 連載:焼酎と食のアンサンブル〜九州・沖縄〜 第五回
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イメージ 豊田謙二
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イメージ球磨の自然と焼酎文化
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 球磨盆地は日本三急流の一つ、球磨川の流域に沿って人の定住が始まり、そして相良藩700年の治世下において固有な文化圏を形成してきた。「青井さん」と呼ばれる宮が球磨川を覗くように建っている。大同元年(806年)に、阿蘇神社、これは紀元前に創立されたものであるが、その分霊を受けて建立された青井阿蘇神社なのである。朱塗りのそり橋を降りて鳥居を抜けると、そこに荘厳な楼門が佇む。慶長年間(1609〜1613年)、相良二十代藩主長毎(ながつね)の造営という。大屋根を覆う萱葺きの急勾配は見事な造形である。宮の解説によると、「青井」の「青」は自然を、「井」は水を表す。建立当時はシデ類やカエデ類などの広葉樹で厚く天が覆われ、足下には水源を発つたばかりの清冽な川の流れがあったのであろう。
 球磨の食文化はこの自然と水の恩恵のなかで個性を発している。鮎料理は球磨川流域の特産品であるが、球磨焼酎もこの地の伝統的食文化である。球磨焼酎酒造組合によれば、現在28の酒造所で約200種類の銘柄で販売されている。大正12年には57酒造所であったから、およそ85年で酒造所は半数に整理されたことになる。球磨焼酎には非常に興味深い特徴が三つある。熊本県文化財保護指導委員であった高田素次の調査研究によれば以下の通りである。

〔1〕相良藩治世下において、自家醸造とともに販売も認められていたこと。販売にあたっては免許が必要であり、この販売所は「入立茶屋」と呼ばれていた。
〔2〕清酒づくりの記録はなく、米製を基本として雑穀でも焼酎を醸造していた。球磨地域での食卓での酒は焼酎である。

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(写真:「ガラ」撮影:豊田謙二)
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〔3〕焼酎の飲み方にも文化が伝承され、酒器は陶器製で注ぎ口のある「ガラ」、猪口は口縁の狭い「チョク」である。25度の焼酎を「ガラ」に入れて囲炉裏の直火で暖め、薄めずに飲むのである。
 宝暦八年(1758年)に青井阿蘇神社殿の改修工事が行われている。その折の「銘札(めいふだ)」に次のような記録がある。
「毎日気付け酒や正酒を一人充てに五盃づつ頂ました」。
 この「気付け酒」とは焼酎のことである。同じ「銘札」に「殿様から酒を百盃、魚五十匹、豆腐八丁をもらう」とある。「豆腐」はどうやら酒の肴に供するもののようである。今日でも、五木村に「山うに豆腐」の特産品がある。「豆腐」料理を探していると、実に美味い「豆腐」に行き着いた。青井阿蘇神社の川向かいに、球磨川の流れを借景として立地する「ひまわり亭」である。「あさぎり御膳」を食したがまことに色彩豊かで13品と豪華でありながら、さすがに郷土の自然食材を活かす薄味で繊細にして、出汁で勝負の優美さである。その膳のなかに豆腐料理が三品。「豆腐団子の味噌汁」「冬野菜のおからサラダ」そして「寄席豆腐」、久し振りに豆腐の美味さに出会えた。
 豆腐と言えば、青木正児が虞集の「豆腐三徳賛」を引いていた。つまり、豆腐の三つの推奨点である。〔1〕どこを取り出しても皆良し。〔2〕肉のように歯にはさまらないので、存分かみしめる。〔3〕柔らかくさっぱりして臭みがない。もとより、この「三徳」は高齢の境地に達した人でないと共感できないかもしれない。若い人に共感を得られそうなのは、豆腐は「畑の肉」ということ。大豆のたんぱく質は良質の脂肪とセット、そして豆腐や納豆にすると消化吸収力が断然高まることである。もちろん、球磨焼酎、とくに濃厚な貯蔵酒との相性は抜群である。
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写真:ひまわり亭での「膳」の一部(撮影:豊田謙二)
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