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沖縄の食文化は、琉球文化の「もてなし」を大切にする伝統のなかで育まれ伝承されてきた。その琉球文化は大和文化とは異なる系譜に属し、中国大陸や南アジア文化の強い影響を受けてきた。中国大陸から伝えられた祖先崇拝の祭りに、「清明(シーミー)祭」がある。祖先の墓前に親族(=門中)が参集して焼香し、供物を捧げて食すのであるが、その供物はお茶、泡盛、そして御三味(ウサンミ)から成る。御三味とは、海幸・山幸・田畑幸をもとに調理した、餅と煮染め一対の重箱のことである。 こうした祭事などの年中行事に泡盛が欠かせない。また客のもてなしにも必要とされてきた。江戸期には「薬」として珍重されたが、琉球中山王から江戸の将軍への献上品として、「泡盛酒」が当時の目録に掲げられている。さてその「泡盛」の名称であるが、「泡盛」と上記の目録に記載され始めたのが寛文11年(1671年)であり、それ以前は「焼酒」と記されている。ちなみに、琉球では蒸留酒は、「シゲチ」とか「サキ」と呼ばれていた。17世紀の末に、焼酎と区別するために、薩摩で琉球の蒸留酒が「泡盛」と名づけられたようである。天保12年(1841年)刊行の「酒茶問答」には、清酒の銘柄とともに、「− 薩摩の焼酎・柳陰・泡盛・砂ごし・南蛮酒 −」と紹介されている。この資料から推測すると、この時代にはすでに「泡盛」の名が定着していたようである。 「君知るや名酒泡盛」と雑誌「世界」(1970年)で称揚したのは、坂口謹一郎博士であった。泡盛はウイスキーやブランデーと同じ蒸留酒、酒税法では「しょうちゅう」税率が適用される。泡盛はタイの蒸留酒「ラオ・ロン」の製法に由来するという。この「ラオ・ロン」酒は「ランビキ」にかけて蒸留したものである。「ランビキ(蘭引)」は蒸留の道具であり、アラビア語の「アランビック」を語源とし、香水や薬剤抽出に使用した遥か彼方にあるヘレニズム文化の蒸留技術を源とする。その伝来した蒸留酒文化に琉球文化が個性を付け加える。泡盛の個性は次の3点である。古来より琉球起原の黒麹菌で醸すこと、そして醸した米のモロミそのものを蒸留すること、さらに15世紀以来伝承された3年貯蔵(=古酒)の手法を守ることである。 泡盛は琉球料理の旨味を演出するに欠かせない調味料でもある。その泡盛を片手にいざ料理を、となると山本彩香さんの琉球料理書「てぃーあんだ」(沖縄タイムス社刊)をお勧めしたい。琉球文化の「もてなし」の伝統に沿いつつ、何よりも色彩艶やかにして華やかである。 まず、泡盛を調味料に使う豚肉の行事食「ミヌダル」。豚肉にたっぷりの黒ゴマを載せて蒸したもの。豚肉の脂をすっかり落として黒ゴマで味わう、ヘルシーな一品である。次は、庶民感覚のタケノコ料理である。山本さんは「グラーのいためもの」と称している。「グラー」は沖縄在来のもので、「チンブグダキ(=ホテイ竹)」のタケノコである。味を付けた豚肉を、しいたけ・油揚げ・グラーと炒め合わせる一品である。最後に、行事食には欠かせないかまぼこであるが、これはまことに琉球料理のなかでも絶品中の絶品である。名づけて「イカ墨とアーサ入りかまぼこ」、とある。九州・沖縄ではイカを多食しながら、そのイカ墨を料理に活かすことはまれである。小生ヴェネツィアでイカ墨スパゲティにこの世のもとは思えぬ美味を感じたが、この「かまぼこ」の色調はまさに重厚にして、食欲を痛くそそる。泡盛と沖縄料理との出会いは相思相愛のなかに落ちること、間違いなしである。 「てぃーあんだぐわー」とは、沖縄方言では手の油を入れることをいう。転じて「手抜き」をしないで料理することを意味している。山本さんの著書の表題の意味にようやく辿り着けた。「てぃーあんだ」は心を込めて料理をつくること、まさに「もてなし」の心の表現なのである。 ![]() ミヌダル ![]() グラーのいためもの ![]() イカ墨とアーサ入りかまぼこ
*写真:「てぃーあんだ 山本彩香の琉球料理」山本彩香著 沖縄タイムス社刊 より
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