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中国、タイ、ラオスで馬の調査をしていると、たくさんのこども達に会います。日本でも馬が日常生活の中にいた頃は、馬の世話はこども達の大切な仕事だったようです。10年ほど前に沖縄で馬を飼っている方の調査をし、約100人の方々からお話を伺いましたが、その中で興味深かったのが、ほとんどの方が小学生ぐらいから馬の世話をしていたということでした。小学校から帰ってくると馬を川まで連れて行き、体を洗ってやるのが日課だったといいます。川には同じように馬を洗いに来たこども達が何人もやってきます。こども達は親から馬を大切に扱うように、そして馬に乗ってはいけないと厳しく言われているのですが、時々、川に集まった仲間で馬に乗り競争をしたりしたそうです。中には無理をして馬にケガをさせて、親からこっぴどくしかられた思い出を語ってくれた方もいました。 日本を含めた東アジア・東南アジアでは、荷馬には「乗ってはいけない、走らせてはいけない」とよく聞きます。理由は「馬にケガをさせないため」と「馬が走る癖をつけると制御がむずかしくなるから」だといいます。そしてもう一つ大きな理由は「農民は馬に乗ってはいけない」という伝統的な考え方です。 今まで私が調査した地域では、馬と道で行き交うときに人が馬に乗っているところは一度も見たことがありません。必ず人は馬をひいて歩いています。これは荷物を載せているときばかりでなく、空荷の時にも馬には乗りません。馬はあくまでも荷物のためのもので人が乗る道具ではないのです。沖縄でもラオスでも同じ話を聞きましたが、「人が馬に乗るのは病人だけだ」と言います。これは人を荷物として運んでいるもので、制御するための人は別に馬をひいて一緒に歩いていくのです。 とはいえ、絶対に馬に乗らないというわけではありません。馬の話を聞いていて興に乗ってくると馬に乗り走って見せてくれる方もありました。また、沖縄では競馬の習慣もあり、お祭りなどで馬の競走をしていました。これは乗馬して直線のコースを走るのですが、全力疾走ではなく、今の馬術で言う「側対歩」という走り方です。これはスピードは出ませんが、上下運動が少なく安定して移動できる走り方で、馬上から弓を射る際にも使われていたのではないかと考えられている走り方です。沖縄の競馬ではお茶碗に水をいれてそれを片手で持って馬に乗り、側対歩で走り、水をこぼさずに早くゴールした方が勝ちだったそうです。 馬といえば疾走するイメージがありますが、荷馬は走らない馬なのです。ラオスやタイでは現在でもこども達が馬で仕事をしてるのを見かけます。写真(1)の少年は自分の村から米を売りに市までいく途中だと言います。ご覧のように馬に荷物を負わせるだけでなく自分でも背負っています。中国、タイ、ラオスでは、こどもに限らず大人もこうして馬も人も一緒に荷物を運ぶスタイルを多く見ます。
写真(2)は、木の切り出しをしている少年です。とても馬を大切にしていて写真(3)にあるように棒締頭絡をしているのですが、これも彼が自分でつくったそうです。また、たてがみがきれいに刈り込まれているのが写真でわかると思います。後で彼の村に連れていってもらいましたが、少年は馬を丁寧にブラッシングして、さらにたてがみの手入れを念入りにしていました。
馬をあつかい、馬を愛している人々は「馬は対等につきあえる」とよくいいます。馬は人間の気持ちをよく理解し、「話」ができるのだといいます。それは単なる道具ではなく「友人」のようです。もちろん単に道具としてあつかっている人も多くいます。しかし、馬に関わる文化は馬を友人としてあつかっている人々によって大切に伝えられているのは日本も他のアジアの国々も変わらないようです。
《次回は11月初旬掲載》
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