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Webオリジナル ろじ
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イメージろじ[路知]
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イメージ 連載:人形よもやま話 〜日本人形の美と心〜 第四回
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イメージ 林 直輝
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イメージ雛人形さまざま
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 雛祭りの主役は何といっても雛人形ですが、人間の装いの流行と同じく、その姿は今日までさまざまな変遷を経てきました。そこには時代や地域、あるいは階級による美意識や嗜好といったものが如実に反映されています。代表的な様式のいくつかをご紹介しましょう。
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立雛(たちびな)
 立雛は文字通り、立ち姿の雛人形のことです。古代の人形(ひとがた)に似て、人間の形を象徴的にあらわし、頭部のほかは扁平に作られています。そのままでは自立しないため、雛屏風に立て掛けるなどして飾りました。古くは衣裳をすべて紙で作っていたため「紙雛(かみびな)」とも、転じて「神雛」とも呼ばれました。男雛の小袖に袴、女雛の細帯という服装から、室町時代の庶民の風俗との関連がうかがわれ、およそその頃から作られるようになったのではないかと推察されます。様式的には最も古い雛人形といえるでしょう。
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室町雛(むろまちびな)
 座った姿の雛人形は立雛に対して座雛(すわりびな)と呼ばれています。立ち姿から座り姿への変化は、「祓いのひとがた」や「雛遊び(=人形遊び)のひいな」から脱して観賞目的が重視されるようになったことの現れといえるかもしれません。そうした初期の座雛のひとつが室町雛です。以下、寛永・元禄・享保など、時代や年号を冠した雛人形が登場しますが、これらの呼称は決して製作年代をあらわしているわけではなく、後世の好事家や研究家が分類の便宜上命名したものであることに注意する必要があります。
 室町雛は、男雛は袍を、女雛は小袖に袴を着けた姿で、男女ともに手先・足先はなく、女雛は立雛の男雛のように袖を横に広げています。頭(かしら)は丸く作られており、服装と全体の古様さから室町の名が付されていますが、実際の製作年代は江戸前期以降ではないかと考えられます。
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寛永雛(かんえいびな)
 男雛は袍、女雛は小袖に袴と、室町雛と同じような服装ですが、頭はやや面長で、ことに男雛の頭は冠と共作り(一体成形)になっています。また、男雛には手先が付き、右手は笏(しゃく)を持つように作られ、さらに太刀も佩きます。大きさは男雛が高さ12cm前後と小さめですが、衣裳裂には多く高級な金地金襴が用いられ、きらびやかな印象です。公家の装束に似せながらも精確ではない衣裳や、本眉を描いているにもかかわらず額に作り眉をおく面相など、全体に有職的なこだわりが見られないことから、民間の裕福な家で用いた雛人形ではないかと考えられます。
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享保雛(きょうほうびな)
 徳川八代将軍・吉宗の治世、享保年間の頃から流行したといわれる様式の雛人形です。先の寛永雛をより技巧的に、豪華に発展させたものと思われ、男雛は足先が付き、衣裳には平緒も付いて束帯のような姿となり、女雛は手先が付き、五衣(いつつぎぬ)を着て、宝冠を被ります。享保雛は町方における流行期間が長く、一部では明治以降も作り続けられたので遺品は多く、それによると大小精粗さまざまであったことが分かります。
 また、仔細にみると様式的にも新旧があったようで、旧式はやはり寛永雛からの延長か、小型のものが多く、良質の金襴をまとい、男雛の冠は共作りで、女雛の袖口は木の切り口の年輪状に重なっています。一方、新式には60cmを超えるものさえありますが、前面の過剰とも思える豪華さにくらべて背面を極端に省略するなど、あくまで飾りとしての見栄えの良さを追求していたことがうかがわれます。
 なお、旧式のうち特に古いものには、寛永雛と享保雛の過渡期という意味で「元禄雛」あるいは「古式享保雛」の別称もありますが、巷には享保雛の粗製が誤伝されていることが多いようです。
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享保雛(赤池正明氏蔵)
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次郎左衛門雛(じろうざえもんびな)
 団子のようなまん丸の顔に引目鉤鼻風の面相が特徴の雛人形です。江戸時代、京都の雛人形師・雛屋次郎左衛門によって創案されたといわれるところから、この名で呼ばれています。次郎左衛門雛には立雛、座雛の両方があり、また前述の室町雛も頭は次郎左衛門風であるように、衣裳は一定せず、その名はあくまでも頭の様式による分類です。そのため、立雛の場合などは特に「次郎左衛門頭(じろうざえもんがしら)」と称されます。
 享保雛に次いで流行したといわれますが、遺品をみる限りでは次郎左衛門雛はほとんどが上流武家や公家の所蔵品で、いずれも大変高級な作りであり、果して庶民の間にまで流行するようなものであったかは疑問です。江戸後期に流行した「次郎左衛門雛」はここでいう丸顔の次郎左衛門雛とは異なるものを指していた可能性も指摘されています。
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次郎左衛門頭立雛(赤池正明氏蔵)
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有職雛(ゆうそくびな)
 公家の風俗を忠実に縮小した雛人形が有職雛です。宮廷の衣紋をつかさどる高倉家にちなんで、高倉雛の別称もあります。服装は公的なものから平常着まであるため、男雛の装束によって、束帯雛、衣冠雛、直衣雛、小直衣雛、狩衣雛などと呼ばれ、女雛もそれぞれ男雛に準じた服飾となっています。本来は公家がその家の格式に応じた雛人形を特別に作らせていたものと考えられますが、公家と縁戚関係にある上流武家や裕福な町家などでも用いることがあったようです。
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有職雛(直衣姿、赤池正明氏蔵)
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古今雛(こきんびな)
 雛人形は京都の御所文化を背景として生まれただけに、その製作も古くは京都が中心地となっていました。しかし、将軍の御膝元である江戸においても独自の文化が爛熟する江戸後期になると、江戸好みの雛人形「古今雛」が作り出されます。流行の浮世絵美人のような写実的な頭、正確ではないものの有職を意識した束帯・裳唐衣風の衣裳、瓔珞を下げた宝冠など、その華麗さでたちまち人気を集めました。
 古今雛は本来、江戸の町方向けに作られた雛人形でしたが、大名家などでも持て囃され、さらに京都の雛人形にも影響を与えて、古今雛風の町雛(まちびな)を生み出したといわれています。また、これがほぼ今日までの雛人形の原形ともなっているのです。
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古今雛
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 まもなく訪れる雛の季節。旅先などで古式ゆかしい雛に出会う機会もあることでしょう。様式はさまざまですが、いつの世も雛人形に託した人々の願いは変わりません。かたちに込められた心を忘れずに、自分好みの雛人形を探してみてはいかがでしょうか。
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《次回は3月初旬掲載》
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