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イメージ いにしえの旅 : No.15

イメージ瓔珞付経筒(ようらくつききょうづつ)
56億年先に救済求め
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イメージ【図1】福岡県四王寺山経塚から出土の瓔珞付経筒
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 いにしえの旅、今回は未来への旅でもある。未来に願いを託したタイムカプセルは卒業式などの記念行事で埋設されることが多い。一九七〇年の大阪万博はその先駆けであろう。ニッケル・クロム特殊ステンレス鋼という最先端素材のタイムカプセルは、開封が五千年後という。しかし、五十六億七千万年後に開けられる、はずだったタイムカプセルが過去に埋められていたのだ。そんな天文学的な時間を待とうとしたのは、今から千年ほど前の平安時代の人々。仏教の経典(法華経など)を書写し、経巻という巻物にして耐久性に優れた容器に納めた。この専用の容器を経筒という。この経筒を儀式に従って祀(まつ)り、地中に埋納した場所を経塚と呼ぶ。
 経塚築造の流行には、この世の終わりを説く末法思想が結びついた。仏教の歴史観では釈迦が亡くなると、釈迦の教えである仏法が段階的に滅んでいくという。仏法の及ばない末法の時代には世の中が乱れて終末を迎えることになる。しかし、五十六億七千万年後に弥勒菩薩が、釈迦の再来(未来仏)として地上に降りて衆生を救ってくれるという。その時まで釈迦の教え(経典)を大切に保管しようとしたのである。そして平安時代の一〇五二年がこの末法一年目にあたると考えられた。この頃は自然災害や飢饉(ききん)、動乱などが続き、この末法思想は現実味を帯びて受けいれられたようだ。時代が下がると、経筒は追善供養や極楽往生、現世利益を目的とするようになる。
 さて、経筒は岩手県から鹿児島県にまで全国に及ぶが、近畿と並んで北部九州に多い。特に福岡県・太宰府の四王寺山周辺に集中している。経筒では一種のブランドとなり、伝四王寺の名を冠した別物が骨董(こっとう)屋に出回ることさえあるほどだ。
 今回紹介するのは、九州国立博物館所蔵の銅製瓔珞(ようらく)付経筒である。青銅製の鋳物で蓋(ふた)と筒身からなる。被(かぶ)せ蓋は六花形に広がる傘形が特徴的である。中央に端正な宝珠を置き、先端と稜間には十二の小孔(あな)を穿(うが)つ。ここにガラス小玉に銅製のスパンコールを銅のフックで繋いだ瓔珞という飾りを垂らしている。
 筒身は円筒形をなし、中ほどに三条の凸帯を巡らしている。形状は竹を彷彿(ほうふつ)とさせる。興味深いことに真竹の節も凸線が三条巡っているのが特徴だ。真竹に見立てたものか。また、全体に六角円堂を思わせ、宝塔を意識した造形となっている。
 では蓋を開けてみよう。その気配だけで瓔珞がさららと音をたてそうである。静かに蓋を持ち上げて中をのぞき込むが、何もない。経巻は弥勒菩薩を待たずに消え去ったようである。しかし底には何やら文様らしきものが見える。実は花と鳥をあしらった和鏡が底にはめ込まれているのだ。しかも経巻を傷めないよう鏡中央のつまみを削って平らにしている。鏡を経筒にはめ込む例は多い。教典を邪悪なものから護(まも)る意味があるのだろう。
 出土状態の知られないのが惜しまれるが、四王寺型経筒の代表例ともいうべき優品である。
 この四王寺型経筒は観世音寺に接した地域で出土することから、観世音寺の僧がその製造と埋納に深くかかわったと考えられている。事実、観世音寺周辺には鋳物工房の遺跡が広がっているが、この一角から経筒の蓋に取り付く相輪の未製品が出土しているのだ。
 ところで、経筒は鑑賞するためではなく、逆に人目を避けて地中深く眠りにつくために造られている。それでも手抜きのない造りや凛(りん)とした立ち姿が見事である。日本の伝統的な物づくりに対する真摯(しんし)さが伝わってくる。祈りが形になっているというべきか。
 実は二十年ほど前のことだが、筆者は福岡県職員の採用辞令を拝した翌日から霊峰英彦山の調査に駆り出された。山頂に埋納された経塚群の地形測量である。体力テストだったのだろう。毎朝重い器材を担ぎ、息を切らしながら険しい崖を登った。しかし山頂からの眺望は抜群である。周囲にたたなずく山なみがひかえ、とりわけ放射状に広がる丘陵が遠く周防灘まで伸びるさまは神秘的なまでに美しい。かつて、ここを弥勒菩薩の浄土と目して、誘われるように経塚を祀った人たちがいた。
 法華経の説話では釈迦が説法をしていたら地中から宝塔が湧出したという。かぐや姫の竹取物語のように、いつの日か竹のような経筒が金色に光って弥勒菩薩の出現を告げる。そんな祈りがこの作品にも込められているようだ。
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イメージ【図2】経筒の底に花と鳥をデザインした和鏡がはめ込まれている
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□ キーワード □
四王寺型経筒
奈良文化財研究所の杉山洋さんが提唱した経筒の分類名。筒身の3本凸帯や蓋の宝珠形つまみなどが特徴で地域性が強い。太宰府周辺以外に北部九州にも点在する。
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案内人 赤司善彦(あかし・よしひこ)
九州国立博物館展示課長
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