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イメージ いにしえの旅 : No.12

イメージ色絵藤棚文大皿(いろえふじだなもんおおざら)
完成度高い、一つ一つの花
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イメージ【図1】赤でふちどられた白い花が美しい色絵藤棚文大皿
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 米国シアトルに残してきた自宅では、春になると桜はもちろんだが、藤の花が咲くのを心待ちにしている。ウイステリア(藤)は欧米でも身近な花である。毎年冬の終わりに友人の庭師がやってくる。年に一度、彼といっしょに藤棚に登り数時間を過ごす。夏に伸びきった枝を切り詰め、花に養分を集中させるためである。毎年この行事を欠かさない。それは花の美しさに魅せられ、今年も満開の藤を見たいという思いの強さからにほかならない。
 桜とモクレンはほぼ同じころ満開になる。盛りが過ぎると、その手前の藤棚に自然と目が向かう。やがてつぼみの大きさを確かめに幾度となく藤棚に足を運ぶようになる。そして花の季節。何ともいえない甘い香りである。その濃密な香りが一瞬鼻先をかすめ、白い花の清楚(せいそ)さと相まって脳裏に鮮烈な印象を残す。
 この色絵藤棚文大皿は伸び伸びとした枝葉の描写に、赤でふちどられた白い花が印象的である。藍(あい)色の源氏雲を背に、葉は黄と緑で描き、白い花を生かすのに赤を実に効果的に用いている。藤棚と題されているが、描かれた花の数はごくわずかである。幾層にも重なる花も美しいが、私はひとつひとつの花の完成度の高さにいつも心惹(ひ)かれてきた。淡い緑の枝葉とともに、花瓶に一輪だけ藤の花を生けてみたいと思う。一目見てこの大皿に心奪われたのは、その気持ちが伝わってきたから。藤の花を題材に選んだ陶工が、観察するうちに私と同じ結論に達して図案化したのではないか、とひそかに想像するのである。
 陶磁器を収集していた父のもとには、中国、朝鮮、日本各地のものが集まっていた。鍋島焼に出合ったのは大学生のころ。それまで目にした他の磁器と比べ、ずいぶん異質に映った。まず描かれた題材の多様さである。それは緻密(ちみつ)な幾何模様や更紗模様だったかと思うと、ひょうたんや草紙などの日用品、なすやいんげんなどの野菜もある。ごく身近な題材でありながら、その尋常でない描写力にひきつけられる。一見、純日本的文様なのだが、何かを突き抜けたような普遍的なデザインの一群である。
 鍋島焼は世界を市場にした伊万里焼と同じ地に生まれた。だがその性格は大きく異なっていた。江戸期の伊万里焼が広く欧州まで輸出されたのに対し、鍋島焼は徳川家や各地の大名家への献上物を製作するため、藩が特別に興した窯であった。その特殊な需要に支えられ、商業的金銭感覚とも無縁であった。その中で独創的な意匠が考案され続けた。しかし明治政府の廃藩置県令により藩が解体されると、時を同じくして事業に終止符が打たれる。時代に翻弄(ほんろう)された窯である。いや本当は世界の流れに翻弄された窯なのだと思う。
 この磁器の里の歴史は実に国際的である。始まりは大陸から渡来した陶工の活躍だった。染付の顔料の呉須は中国からの輸入に頼った時期もあった。何より中国の染付磁器に学び、やがてその生産地が一時的に衰退したとき、代替品としてヨーロッパからの注文に応じることで飛躍の時をつかんだのである。アジアから日本への磁器輸入、そして日本磁器のヨーロッパ輸出に深くかかわったのは、オランダの東インド会社などヨーロッパの商人たち。注文の図柄が直接ヨーロッパから持ち込まれることもあった。文化はヨーロッパ・アジアから九州へ、そして九州から再びヨーロッパへと流れたことになる。国際貿易港伊万里を窓口に、陶工たちが目にし耳にしたものは何であったのか。彼らがいったいどのような国際感覚を培ったのか知りたいと思う。
 ヨーロッパ各地の磁器生産地を回ると今も東洋の息吹を感じる。九州国立博物館の調査ではイギリス、オランダ、ポルトガルなどを訪ねた。
 そこでは今も東洋の図柄を使った磁器セットが製作され、高級陶磁器店に並んでいる。ヨーロッパの王侯貴族の家に伊万里焼が飾られているのはよく知られるところである。
 ところで、海外の美術館では伊万里に並んで鍋島焼に出合うことが多い。王侯貴族が少なくなった現代社会では、美術館は人が異文化に出合う貴重な場所である。旅の途上で美術館を訪れる人も多い。最近は音声ガイドが発達して、海外でもギャラリーで英語や時に日本語で解説が聞ける時代になった。現代では文化を運ぶ役割を美術館が担っている。各地の美術館で鍋島焼を目にするのは、日本国内向けに作られたにもかかわらず、卓越したデザインが世界で受け入れられた証拠だと思うのである。
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イメージ【図2】甘い香りを漂わせる藤の花=観世音寺(福岡県太宰府市)
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鍋島焼の藩窯跡
鍋島の藩窯跡は佐賀県伊万里市大川内山町にあり、ここに築かれた17世紀後半から幕末までの200年間営窯を続けた。これまで伊万里市教育委員会などにより数次にわたって発掘調査が行われている。1871(明治4)年の藩窯廃絶後も、鍋島の伝統は伊万里焼に受け継がれている。
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案内人 三木美裕(みき・よしひろ) 九州国立博物館学芸部企画課長
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