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文化の潮目、道真の生涯を描く ![]() 【図1】菅原道真が無実を訴える姿を描いた「天拝山」 北野天神縁起絵巻より 太宰府天満宮を知らない人はいないだろう。九州国立博物館の立地場所を聞かれたときには「天満宮の隣です」と答えると、分かってもらいやすい。とくに、九州以外では効果的である。早く、「太宰府と言えば九州国立博物館」と言われるようになりたいが、まだまだ図体がでかい割りに知名度が低い。しばらくは小判鮫よろしく、天満宮の名を拝借しつつ自己紹介をする必要があるだろう。名前を利用させてもらうからというわけではないが、当館では天神信仰を展示の柱の一つにしたいと考えている。天神となった菅原道真は遣唐使の廃止を建言した人として知られており、「アジアとの文化交流の中での日本」をテーマとする当館の趣旨にも合っている。 天神信仰は全国的な広がりをもっており、誰もが親しみを感じていると思う。ある年齢層以上の人であれば知っているはずだが、「通りゃんせ」というわらべ歌がある。その一節に「天神様の細道じゃ」とある。これが埼玉県川越市の川越城内に祀(まつ)られている、三芳野天神社を舞台にしていることをご存じの方は少ないのではないだろうか。筆者も川越に住んで初めて知ったのだから偉そうには言えないが、正月以外はひっそりとしていて、歌の通りだと妙な感心をしたことを覚えている。 幅広く信仰を集めているだけに、天神信仰はさまざまなかたちをとって現れる。わらべ歌のほかに連歌の神様となったり、中国に渡って無準禅師にまみえたという伝承をもとに、「渡唐天神」となって禅僧らの信仰を集めてもいる。博物館のごくそば近くの光明寺が「渡唐天神」の発祥の地なのも何かの縁だろう。そうした天神信仰にまつわるさまざまな作品を皆さんにお見せしたい。 天神信仰を代表する作品はなんといっても「天神縁起絵巻」である。さきほどの三芳野天神社にも同社の縁起絵巻が伝わっているように、各地の天満宮にもそれぞれの縁起絵巻が奉納されている。本家である京都・北野天満宮には国宝をはじめとする幾種類もの縁起絵巻が現存しているように、「北野天神縁起絵巻」がもっとも多数残されている。ここで紹介する九州国立博物館が購入した絵巻もその一つである。九州には古い天神縁起が伝わっていないので、南北朝時代にさかのぼるこの絵巻は九州で唯一の古本ということになるだろう。 天神縁起は、菅原道真の一生、怨霊となった道真の祟(たた)り、天神を信仰するものに与えられるご利益、天満宮創建の由来、などからなっている。本巻は全体で六巻からなるうちの巻二というわずか一巻に過ぎないが、道真の一生のうち時平のざん言にあう場面から、「東風(こち)ふかば」の和歌で有名な邸宅に植えられた紅梅との別れを惜しむ姿、九州に下って行く海陸の旅路、太宰府で涙するところ、天拝山に登って無実を訴える場面までの、もっとも劇的なシーンが連なる。しかしながら、人物の筆致にはあどけないところがあって、悲劇的な内容にもかかわらず見るものの心をなごませる。それが南北朝時代という制作年代を示す一要素でもあるが、平安時代以来の伝統を引く大和絵の本質ともいえる。大和絵は「葬式にも笑顔を見せる」と、西洋人に言わせた日本人の一面をよく表している。 この絵巻が描かれた南北朝時代は日本文化の大きな変わり目であった。鎌倉時代まではなんとか命脈を保ってきた貴族文化がいよいよ落日の時を迎え、新たに伝統の束縛から解き放たれた華々しく活気がある婆沙羅(ばさら)文化、すなわち、武士の文化が誕生した。これに匹敵するような大きな変化は西洋の影響を強く受けるようになる、江戸時代まで見ることはできない。この絵巻はそうした潮目が変わるさなかに制作されたにもかかわらず、伝統的な手法が十分に維持されている。筆致が多少簡略になっているのは時代のせいで仕方がないが、合戦が続く世間の動きをよそに絵筆を握る絵師の姿を想像しながら絵巻を見るのも、古い絵画を鑑賞する楽しみ方の一つである。 ![]() 【図2】道真が九州に行く場面を描いた「海路西下」 北野天神縁起絵巻より □ キーワード □案内人 宮島新一(みやじま・しんいち) 九州国立博物館副館長 |
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