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イメージ いにしえの旅 : No.02

イメージ鎗金経箱(そうきんきょうばこ)
神秘の黒と金 美意識は時空を超えて
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イメージ【図1】鎗金経箱
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 つややかな黒髪のことを漆黒の髪といい、かつては美人の必要条件であったが、おしゃれな茶髪がはやって、今の大和撫子(なでしこ)は黒髪ばかりに限らない。プラスチック製の家具や食器が普及して漆器になじみが薄くなったせいか、漆黒という表現もピンと来なくなってきた。
 漆はアジアに生える樹で、その樹液に黒や赤などの絵の具を混ぜた色漆が塗料のように利用される。古くから日本はもとより中国、朝鮮半島、東南アジアにおいて漆を利用した器が作られ用いられてきた。漆器はアジアを代表する工芸品といってよい。色漆には朱(しゆ)漆とか緑漆などもあるが、やはりつやつやした黒漆の光沢が印象深いので、特に漆黒という表現ができたように思われる。  黒い漆器は金で飾るのがふさわしいと最初に考えついたのは中国人らしい。金色の絵の具で漆器に絵を描いたりもしていたが、これでは手で触れたり時間がたつにつれて金がはげ落ちてしまうので、金を定着させる技法が工夫されることとなった。漆は単なる塗料でなく樹液であれば、塗り重ねれば厚みができ、これを彫ることもできる。塗り重ねた漆の表面を彫刻刀で彫りながら絵を描き、そのくぼみに金箔(きんぱく)を押しこんで定着させる工夫がされた。この技法を鎗金(そうきん)という。鎗(やり)のような彫刻刀で漆を彫って金を押しこむ意味である。この技法は日本にも伝わり、日本では沈金(ちんきん)といった。漆を彫ったくぼみに金を沈ませる意味である。
 九州国立博物館が所蔵する作品の一つに鎗金で飾られた箱【図1】がある。中国の元時代のもので、仏教の経典をいれる経箱として作られた。蓋(ふた)のまわりを斜めにカットして、箱の形は直線的なラインでまとめられている。箱の全面にはクジャクやオウムが雲のなかで羽ばたく姿、あるいは華やかな空想の花といったデザインが鳥の羽毛や花葉の脈までも細やかに描かれている【図2】。
 これらのデザインは経典が説く極楽の世界を表しており、経箱にふさわしい。黒地に刻まれた繊細な金線の輝きを見ていると、きっとこのなかには神秘で尊いものが入っているという気持ちが起きてくる。蓋を開くと、残念ながら中身は既に空っぽで、朱漆で真っ赤に塗られた箱の内側が見えるばかり。本来なら、ここに釈迦の教えを書いた巻物がぎっしりと詰まっていた。蓋の裏側を見ると、黒い字で「延祐二年、棟梁(とうりょう)弾正、杭州油局橋、金家造」と書いてある【図3】。一三一五年に杭州の油局橋に工房を構える親方の金家で作ったという意味で、この黒字はブランド銘である。
 これとそっくりな経箱が福岡市西区の誓願寺にもあって、やはり延祐二年に金家で作ったことが書いてあるので、一緒に作られた兄弟箱だと分かる。
 ほかにも二個ばかりの兄弟箱が見つかっている。ただ、これらの経箱の蓋や身には漢字が一字ずつ記されているが、それが筵・善・左・通などとそれぞれ違う字になっている点が異なる【図4】。この暗号のような文字は千字文(せんじもん)らしい。千字文とは中国版いろは歌のようなもので、千の漢字で作られた文章。つまり、一つ一つの経箱に番号付けをしているのである。とすれば、もともとはかなりの数の同じような経箱が作られたことが推理される。おそらくは膨大な量の一切経(いつさいきよう)を入れるために用意されたものだったのであろう。
 これらの鎗金経箱は制作後五十年以内には日本に来ていたことが分かっている。かつて韓国の新安沖で、中国から日本に向けて龍泉窯(りゅうせんよう)の青磁などの中国ブランドの陶磁器を運んだ沈没船が見つかったが、あの船が沈んだのと近い時期である。どうやら鎗金経箱を積んだ船のほうは無事に博多あたりにたどり着いたのであった。ひょっとしたら箱いっぱいに詰まっていた経典の加護かもしれない。黒と金の調和が美しい海外ブランドの工芸品に魅了された古い時代の日本人。実は現代のわれわれの姿のようにも思われる。
 「黒に最もあうのは金である」とはココ・シャネルの意見。黒の中に金が輝く様子は神秘的である。高貴な気分がある。この美意識は時空を超える。遠い時代の異なる国で作られた工芸品であるとしても、同じ人間としてその美意識に現代に生きるわれわれも共感する。九州国博に来られたら、花香と雲気に満ちる極楽を、輝きながら飛翔(ひしよう)するクジャクの姿を眺めつつ、古人たちと美意識を分かちあっていただきたい。
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【図2】鳥や花を描いた華やかな表面のデザイン
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【図3】作った土地、工房の名前などを記した黒字
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【図4】経箱それぞれの番号付けを意味する千字文
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□ キーワード □
一切経
仏教の経典は、釈迦(しゃか)の教え、その教えについての研究、教団の決まり事などに分類されるが、それら一切合切の経典をあわせたものを一切経という。全部合わせると5000巻以上もの膨大な量になる。
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案内人 猪熊兼樹(いのくま・かねき)
九州国立博物館学芸部企画課特別展室研究員
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