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『 国宝 大絵巻展 』 京都国立博物館所蔵・寄託の名宝 一挙大公開 平成20年3月22日(土)〜6月1日(日) 特別展示室 ![]() このたび九州国立博物館では、日本が誇る絵画と物語の総合芸術である絵巻の優品を展示いたします。 絵巻とは、物語を描いた絵を巻子(かんす)(巻物)に表装したもので、我が国において豊かな展開を遂げた美術の代表です。その画面はただ美しいだけではなく、いにしえの人々の切なる想いを今日に伝え、ときに奇想天外な物語や、絵と詞の絶妙なコラボレーションで見る者を楽しませます。 この展覧会では、明治三十年(1897)に開館し京都に関わる文化財を公開してきた京都国立博物館の企画協力を得て、同館の所蔵品および寄託品のうち奈良時代から室町時代までの国宝9件・重要文化財14件を含む名品26件、あわせて約150場面を展示いたします。 これらの絵巻は、美を好む宮廷の貴族によって集められたものや、高僧や社寺の物語を伝え洛中の神社仏閣で大切に護られてきたものばかりです。そのため本展は、京都という千年の都に咲いた伝統文化の精華をご紹介する絶好の機会になると言えましょう。 絵巻に焦点をあてた大規模な特別展としては九州で初めての開催となる「国宝 大絵巻展」。この展覧会を通じて美術と文学の織りなす魅力的な絵巻の世界を心ゆくまでご鑑賞いただければ幸いです。
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第一章 あつめる 〜王朝の絵巻〜 絵巻物は、見て読んで楽しいものであるが、それに加え、作品自体に宝物としての価値があった。平安貴族たちは贅を尽くして絵巻を制作し、秘蔵し、時には貸し借りをしたり、互いに見せ合ったりして楽しんでいた。絵巻を作るためには、財力だけでなく、教養や知識、風流を解する心が不可欠であったため、平安時代における絵巻は一部の特権階級だけに許された大変な高級品であったといえる。 絵巻制作が隆盛を極め、その完成度が最高潮まで達した平安時代末期において、優れた絵巻を数多く作らせ収集したのが、当時圧倒的な文化力を有していた後白河(ごしらかわ)法皇(1127〜1192)であった。法皇は刀剣、楽器、典籍など世の珍品・名品を積極的に収集したが、特に有名だったのが絵巻のコレクションであった。これらは法皇自らが建立した蓮華王院(れんげおういん)(三十三間堂、現在の京都国立博物館の横)の蔵に収められていたため、「蓮華王院の宝蔵」と呼ばれつとに知られていた。 本章ではこの蓮華王院の宝蔵にあったといわれる「粉河寺縁起」(国宝、和歌山・粉河寺蔵)や「病草紙」(国宝、京都国立博物館蔵)、「餓鬼草紙」(国宝、京都国立博物館蔵)などを中心に、平安時代から鎌倉時代にかけて王朝貴族たちに親しまれてきた作品を紹介する。 □ 主な作品 娘を救った謎の旅人、その正体は? ![]() (部分) 国宝 粉河寺縁起(こかわでらえんぎ) 紙本著色 平安時代・十二世紀 和歌山・粉河寺 展示期間:前期・後期 重い病を患った長者の娘がいたが、旅の行者(ぎょうじゃ)が祈祷したことで快方に向かった。長者たちは礼として宝物を贈ろうとしたが、行者はそれらを断り、娘が愛用していた紅袴と小刀だけを受け取り去っていった。やがて病が完治した娘が両親を連れて行者探しの旅に出たところ、粉河にある千手観音の手に、行者に渡した袴や小刀が握られており、行者の正体が実は千手観音であったことを知るという物語。 当時仏教において、女性は不浄のものとして救われず、成仏もできないと考えられていたが、この絵巻では粉河寺の千手観音を信心することで女性でも救われることが説かれている。 平安病気百科 ![]() 国宝 病草紙(やまいぞうし) 「風病」「小舌の男」「歯のゆらぐ男」「攪乱(かくらん)」 紙本著色 平安時代・十二世紀 京都国立博物館 展示期間:前期 人の世に蔓延するさまざまな病の様子を描いた絵巻。病に苦しむ人々やそれを取り巻く人々の姿を活き活きと、ときに滑稽に描いている。本来は一巻の絵巻であったが、現在は場面ごとに切り離され、断簡(だんかん)として保存されている。今回はそれらのうち四面を展示する。 鎌倉時代に入ると、新仏教と呼ばれる宗派が次々と誕生し、祖師である高僧やその弟子たちは活発な布教活動を行った。それに伴い、それぞれの宗派において祖師がいかなる人物であったかを教え伝えようと、その生涯を絵巻に残しはじめる。これが高僧伝である。時宗の祖・一遍(いっぺん)の生涯を描いた「一遍聖絵(いっぺんひじりえ)」(国宝、神奈川・清浄光寺)や浄土宗の祖・法然(ほうねん)を描いた「法然上人絵伝」(国宝、京都・知恩院)などがこれにあたる。また、さらに時代を遡り、朝鮮や中国で活躍した高僧たちに思いを馳せて絵巻を制作することもあった。例えば「華厳宗祖師絵伝(けごんしゅうそしえでん)」(国宝、京都・高山寺)や「羅什三蔵絵(らじゅうさんぞうえ)」(重要文化財、個人蔵)などがこれらに類する。 高僧伝の特徴は、実在する人物を主人公にしている点である。起承転結といった話の面白さやストーリー性に加えて、どこに寄り、何をしたかという人物の来歴や出来事を重視するため、記録性が高くなり、実在の風景描写を多く含んだり、人々の日常の様子を盛んに描いたりしている。本章では高僧たちの波乱の生涯と、絵巻が切り取った鎌倉から室町にかけての時代の様子を紹介する。 □ 主な作品 愛が救った高僧・義湘(ぎしょう)の運命 ![]() (部分) 国宝 華厳宗祖師絵伝(けごんしゅうそしえでん) 義湘絵(ぎしょうえ) 紙本著色 鎌倉時代・十三世紀 京都・高山寺 展示期間:第二巻 前期 展示期間:第三巻 後期 新羅(しらぎ)の僧・義湘(625〜702)の生涯と彼に恋した唐の娘・善妙(ぜんみょう)が仏を信じることで生み出す奇跡を描く。義湘との離別を嘆き悲しむ善妙が海に身を投じて龍となり、彼の船を新羅まで送るという物語のクライマックスが、次々と展開する画面に躍動感をもって表現される。透明感ある彩色が清明で美しい鎌倉時代の絵巻を代表する優品である。 旅に生きた一遍(いっぺん)、人生の大パノラマ ![]() (部分) 国宝 一遍聖絵(いっぺんひじりえ) 法眼円伊(ほうげんえんい)筆 絹本著色 鎌倉時代・正安元年(1299)神奈川・清浄光寺 展示期間:第十巻 前期 展示期間:第十二巻 後期 時宗の開祖・一遍(1239〜1289)の伝記を描く絵巻。一遍の生涯をかけた布教が主題であるが、画面には彼が訪れた社寺や名所が重要なテーマとして登場する。横長に画面が続く絵巻の特徴を最大限に活かして安芸(あき)国(広島県)の厳島(いつくしま)神社の境内を表した場面では画家・法眼円伊による優れた風景の表現を楽しむことが出来る。 鎌倉時代から室町時代にかけて、高僧伝とともに多く制作されたのが「社寺縁起(しゃじえんぎ)」である。「社寺」とは神社仏閣のことで、「縁起」とはそれらの創立の由来や歴史、また信心することによって起きた奇跡などを物語風に展開させたものを指す。菅原道真の生涯と山口・防府(ほうふ)天満宮の成り立ちを描いた「松崎天神縁起」(重要文化財、山口・防府天満宮)や、琵琶湖畔に位置する桑実寺(くわのみでら)の草創を描いた「桑実寺縁起」(重要文化財、滋賀・桑実寺)などがこれにあたる。 中世以降、神社仏閣は人々の信心を集めるため、自らの正当性や功徳をアピールする必要があった。一方公家や将軍家などは、社寺縁起を絵画化し、贅を尽くした絵巻を奉納することで神仏の功徳を得ようとした。このような社寺側と公家・武家側の思惑が一致した結果、趣向を凝らした贅沢な社寺縁起絵巻が数多く制作されたと考えられる。これら社寺縁起絵巻の内容は大変バラエティに富んでおり、時には奇想天外な物語が展開している。本章では、神仏に見せるために制作された絵巻の数々を紹介する。 □ 主な作品 絵巻になった天神さま ![]() (部分) 重要文化財 松崎天神縁起(まつざきてんじんえんぎ) 第四巻 紙本著色 鎌倉時代・応長元年(1311) 山口・防府天満宮 展示期間:前期 学問の神様・菅原道真(845〜903)の波瀾に満ちた生涯と、没後に天神として信仰を集めたさまをあらわし、最後に山口の松崎神社(防府(ほうふ)天満宮)の創建を描いている。左遷された悲運の道真に追贈された官位を子孫が報告するシーンは、舞台が筑紫の安楽寺、つまりの太宰府天満宮である。 豪華絢爛、戦国・京都の時代絵巻 ![]() (部分) 重要文化財 真如堂縁起(しんにょどうえんぎ) 掃部助久国(かもんのすけひさくに)筆 下巻 紙本著色 室町時代・大永四年(1524) 京都・真正極楽寺(しんしょうごくらくじ) 展示期間:後期 京都・真如堂の成り立ちと波乱の歴史を、いくつかの奇跡の物語を交えて綴った絵巻。金泥のほか鮮やかな色彩を用いて丁寧に描いた物語が、次々とたたみかけるように続いていく。応仁の乱の戦火を逃れるため本尊が京都から移される場面では、きらびやかな鎧(よろい)武者たちが活き活きと描かれており、応仁の乱の様子を示す好例としてよく教科書などで紹介されている。後柏原(ごかしわばら)天皇をはじめとする当時の最高権力者たちが詞書を執筆し、金や高価な絵の具をふんだんに使用した大変贅沢な絵巻である。 失意の将軍、桑実寺(くわのみでら)で復権を誓う ![]() (部分) 重要文化財 桑実寺縁起(くわのみでらえんぎ) 土佐光茂(とさみつもち)筆 下巻 紙本著色 室町時代・天文元年(1532) 滋賀・桑実寺 展示期間:前期 琵琶湖のほとりにある桑実寺が建立されるまでを綴った絵巻。横長の画面をフルに活用したパノラマが次々と展開される。室町幕府第十二代将軍・足利義晴(あしかがよしはる)が京都を追われ、桑実寺に滞在していたときに、当時最高の文化人・三条西実隆(さんじょうにしさねたか)らと当時最高の絵師・土佐光茂(とさみつもち)に命じて描かせた、豪華絵巻の決定版。義晴はこの絵巻を桑実寺に奉納することで、将軍権力の復活を祈願したと考えられている。 室町時代にいたって絵巻の鑑賞者は大きな広がりをみせ、貴族や僧侶などに加え新たに民衆もが絵巻を楽しむようになる。鑑賞者が多様になるにつれ物語の内容にも変化がみられ、室町時代には親しみやすい内容をもつ短編の絵物語のジャンル「御伽草子」が次第に盛んになってゆく。 その中には『一寸法師』『浦島太郎』など有名な昔話も含まれ、また『道成寺縁起(どうじょうじえんぎ)』のように古典芸能のテーマとなるものもあり、今日の我々にもなじみが深い。その多くは明快で楽しい素朴な内容をもつが、背景には世相を反映した寓意も込められているなど、中世における庶民の信仰を知るうえでも重要である。 □ 主な作品 京の夜、付喪神(つくもがみ)たちが動き出す ![]() 重要文化財 百鬼夜行図(ひゃっきやこうず) 紙本著色 室町時代・十六世紀 京都・真珠庵 展示期間:前期・後期 仏具、楽器や日用品などの古道具が付喪神に変化し深夜に京中を徘徊する様子を描く。画面に怖さは感じられず、むしろ赤鬼がこじ開ける唐櫃(からびつ)から逃げ惑い、夜の終わりを告げる真っ赤な太陽に驚きあわてる付喪神たちが滑稽ですらある。この種のテーマの絵巻のなかでは最も時代が古く有名な優品である。 前期:3月22日(土)〜4月28日(月) 後期:4月29日(火・祝)〜6月1日(日) (1)演題:「絵巻物の面白さと読み方」
(2)演題 「描かれた物語-絵巻の世界」
(3)演題 「絵巻の魅力-物語の楽しみ方」
【申込み方法】 聴講:無料 定員:300名 聴講希望者は官製往復はがきの「往信用裏面」に希望講演会(1・2・3)、郵便番号、住所、氏名(ふりがな)、電話番号、「返信用表面」に郵便番号、住所、氏名を明記の上、下記宛先までお申し込みください。1枚のはがきで、1つの講演会につき1人のお申し込み可。先着順に聴講券をお送りします。(定員に達し次第締め切り) *当日、展覧会入場券もしくは半券の提示が必要となります。 【申込み及び問い合わせ先】 福岡市中央区天神1-4-1 西日本新聞イベントサービス 電話092-711-5491 |
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