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足利義満六百年御忌記念 『 京都五山 禅の文化展 』 平成20年1月1日(火・祝)〜2月24日(日) 特別展示室 ![]() 九州国立博物館では、室町幕府三代将軍足利義満の歿後600年を記念して、京都五山やゆかりの寺院に伝わる禅文化の名宝を展示いたします。 京都五山の禅文化を初めて総合的に紹介するこの展覧会は、本年の7月31日から東京上野の国立博物館で開催され、会期中、多くの入場者から大好評を得て、9月9日、盛況裡に閉幕したものです。 五山とは、中国南宋時代に、最上位の禅寺五ヶ寺を官寺に指定したことに始まる制度で、わが国の京都五山は、それに倣って制定されたものです。この五山を構成する寺々は、それぞれの時代によって異動がありますが、現在では南禅寺(五山之上)、天龍寺(第1位)、相国寺(第2位)、建仁寺(第3位)、東福寺(第4位)、万寿寺(第5位)の順で確定しています。 今回の展覧会では、足利義満が開いた相国寺から、これまで寺外で公開されたことのなかった本尊・釈迦如来像が特別に出陳されるのを始め、禅僧の肖像画、肖像彫刻や、墨跡、詩画軸、禅宗特有の仏画・仏像、袈裟など国宝、重要文化財多数を含む約200点の作品が展観されます。中国からもたらされた禅の文化が、王朝文化の伝統をもつ京都で受け入れられ、広まっていったようすを、この展覧会を通じてご覧いただければ幸いです。 .................................................................................... 厳選・これから観る『国宝・重文』 [読む] ....................................................................................
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兼密禅から純粋禅へ 今でこそ京都には数多くの禅宗寺院がありますが、栄西が中国から帰って禅宗寺院を建立しようとした時には、保守的な大勢力である延暦寺などの反対にあいました。栄西は鎌倉に赴き、北条政子、源実朝等の帰依を得て再び京に上り、幕府の出張所、六波羅探題の隣に建仁寺を建立しました。また、京都の貴族でも鎌倉幕府に近い九条道家は、中国留学から帰って博多の承天寺にいた円爾(えんに)を招いて東福寺を建立しました。これらの寺院では中国の禅を実践する一方で、密教や天台学もあわせて修めることで辛うじて保守勢力に許容されました。鎌倉時代後半、亀山天皇が禅に傾倒し、南禅寺を開いてからは純粋な禅が定着していきました。 □ 主な作品 ![]() 『 聖一国師(しょういちこくし)の巨大な肖像画 』 重要文化財 円爾弁円(えんにべんえん)像 吉山明兆(きっさんみんちょう)筆 室町時代/15世紀 京都・東福寺(とうふくじ) 展示期間:1 - 4期(1月1日〜1月27日まで) 禅宗では、師匠を敬ってその姿を肖像画(頂相(ちんそう)という)として克明に描き留め、本尊同様大事にされた。この頂相は、東福寺を開いた円爾弁円(1202−1280)のものである。円爾は、九州では博多の承天寺を開いた聖一国師と紹介した方がなじみあるだろう。聖一国師の頂相としては最大のもので、縦267.4cm、横139.4cm。円爾は50歳を過ぎて右眼を失明したが、この絵からもその様子がうかがい知れる。 ![]() 『 気迫に満ちた禅僧の風貌 』 重要文化財 癡兀大慧(ちこつだいえ)坐像 鎌倉時代/14世紀 愛媛・保国寺(ほうこくじ) 展示期間:全期(1月1日〜2月24日まで) 眉間にしわを寄せて目をカッと見開き、口を固く結ぶ癡兀大慧(ちこつだいえ)(1228−1312)の肖像彫刻。これほど、観る者をにらみつけるような厳しい表情を見せる肖像彫刻も珍しい。癡兀(ちこつ)は円爾(えんに)の禅の名声に発憤し、東福寺まで乗り込んで論戦を挑んだが、逆に感服し、その弟子となった。 夢窓疎石(むそうそせき)は、鎌倉時代末期に北条氏に重用され、当時政権がめまぐるしく交代したにもかかわらず後醍醐天皇、足利尊氏・直義の帰依を受け続けました。尊氏が後醍醐天皇の冥福を祈るために建立した天龍寺の開山として夢窓を招いて以後、足利家は夢窓一門の外護者として絶えず支援を続けました。そのため夢窓派は大いに繁栄し、京都五山の主流となったのです。相国寺を創建した足利義満は、その塔頭(たっちゅう)鹿苑院の院主を全国の禅宗寺院全体の統率者(僧録)とし、夢窓の弟子春屋妙葩(しゅんおくみょうは)をその初代としました。以後鹿苑院の院主は夢窓派がほぼ独占しています。僧録は将軍の外交や宗教政策の顧問のような役割も果たしました。また、夢窓の弟子義堂周信(ぎどうしゅうしん)と絶海中津(ぜっかいちゅうしん)は五山文学の双璧と言われ、文化的にも大きく貢献しました。 □ 主な作品 ![]() 『 禅僧が死の直前に遺したもの 』 重要文化財 春屋妙葩墨蹟 遺偈(ゆいげ) (しゅんおくみょうは)2年(1388) 京都・鹿王院 南北朝時代/嘉慶 展示期間:1 - 2期(1月1日〜1月14日まで) 禅僧が死に臨んで筆をとり、弟子に伝えた言葉を遺偈(ゆいげ)という。これは、天龍寺や相国寺の住職をつとめた春屋妙葩(1311−1388)が、死の2日前に力をふりしぼって遺した最後の言葉。「七十余年の人生も夢幻のようなものだった」と述懐するその字はゆがみ、墨もかすれており、圧倒される。 鎌倉時代に中国を模倣して作られた寺格である五山は、夢窓疎石とその門下が室町幕府と密接な関係を築くと、国家的制度として整備されました。第3代将軍足利義満は、五山の寺格を再編成し、相国寺に僧録司(そうろくす)を設けて、全国の臨済宗寺院の統括を図りました。この章では、幕府による寺院の統制を示す文書や、相国寺の建立に関する記録などを展示します。 また、五山僧は、漢文の素養を生かして外交文書を作成するとともに、自ら使節となって外国に赴きました。外交史料集を編纂した瑞渓周鳳(ずいけいしゅうほう)や、明への使節となった策彦周良(さくげんしゅうりょう)など中世外交の担い手に関する資料をあわせて紹介します。 □ 主な作品 ![]() 『 初めてなのに懐かしい 』 重要文化財 足利義満像 伝飛鳥井雅親賛 室町時代/15世紀 京都・鹿苑寺(ろくおんじ) 展示期間:1 - 2期(1月1日〜1月14日まで) 教科書でおなじみの室町幕府第3代将軍足利義満(1358−1408)の肖像画。11歳で将軍となり、南北朝を合一した。歴代将軍のなかでも最も栄華を極めた。禅宗を積極的に取り込み、相国寺を創建し京都や鎌倉の五山制度を整えた。袈裟を着けた姿で描かれるのは、38歳で将軍職を譲り出家したため。八字形の眉、少し眠そうな二重の目が印象的である。 ![]() 『 焼失を免れた金閣の鳳凰 』 銅造鳳凰 室町時代/14世紀 京都・鹿苑寺 展示期間:1 - 8期 全期(1月1日〜2月24日まで) 応永5年(1398)足利義満によって造営された金閣(北山第(きたやまてい)舎利殿)の屋頂に飾られていた鳳凰。明治時代に行なわれた金閣修理の際、尾の傷みが激しかったため取り外されて保管されていた。昭和25年(1950)の金閣焼失を免れた唯一の遺宝である。 ![]() 『 「日本国王」と呼ばれた足利義満 』 重要文化財 明永楽帝勅書 明/永楽5年(1407) 京都・相国寺 展示期間:1 - 4期(1月1日〜1月27日まで) 義満は中国・明に対して使節を遣わし、政権の認知と「日本国王」の称号を得た。この勅書は明の永楽帝から義満に送られたもので、海賊の取り締まりに感謝し、使節の訪問をねぎらうとともに義満への贈り物を託すことを告げている。龍を刷りだした大きな料紙に謹直な楷書で本文が記され、永楽帝の朱印が捺されている。龍の爪が5本であることにも注目。五爪の龍は中国皇帝しか使用が認められなかった。 京都五山の禅僧たちは、宗教家や政策ブレーンとして活躍しただけではありません。彼らは南宋・元の禅林における詩文の流行に影響を受け、また中国禅林のみならず日本の禅林においても儀式で必要とされる法語や疏(しょ)などを作成するための修練として、中国の詩文や儒学・老荘思想等に関わる思想書、歴史書などを研究し、あるいは自ら詩文を詠みました。このように中国の文学・学問・芸術を新文化として日本に導入し、あらたな文化を育む媒体となったのが五山僧たちであり、五山には如拙、周文、雪舟など、この時代の水墨画を代表する画僧も現れました。ここでは、絵画の新様式としての水墨画や、五山僧の詩集・注釈書などを紹介します。 □ 主な作品 ![]() 『 雪舟、自身の作画人生おおいに語る 』 国宝 破墨山水図(はぼくさんすいず)雪舟等楊(せっしゅうとうよう)筆 自序 月翁周鏡(げっとうしゅうきょう)等六僧賛 室町時代/明応4年(1495) 東京国立博物館 展示期間:1 - 4期(1月1日〜1月27日まで) 義満同様、室町時代に活躍した水墨画家として必ず教科書に登場する雪舟等楊(1420−1506?)の代表作。瀟洒ながらも透明感のある柔らかな山水図である。画の上段には当時の五山を代表する禅僧たちが賛文を寄せているが、雪舟自らもその作画人生を誇らしげに述懐する長文を記しており、その歴史的意義はきわめて大きい。 禅宗では仏像などに対する礼拝より、自らの中にある仏性という「ほとけ」を見出すための修行を重んじます。そのため、禅宗寺院には仏像や仏画が少ないと言われてきました。しかし密教寺院に比べれば少ないものの、禅宗寺院も武将や貴族などの帰依を得て建立された寺院である以上、本尊像や護法神像、法会の際に堂に掛ける画像などは少なからずありました。その造形の対象は、「悟り」を重視するため、釈迦如来や羅漢、達磨、禅宗の祖師などが多くみられます。作風は中国の宋、元時代の作品に影響を受けた独特なものです。仏画では、東福寺に住んだ明兆(みんちょう)、良全(りょうぜん)、また仏像では、院派仏師と慶派仏師のうち特に康俊(こうしゅん)の活躍が目立ちます。中国風の受容が鎌倉に比べて限定的なところに京都の保守性がみられます。 □ 主な作品 ![]() 『 禅宗といえば達磨(だるま)様 』 重要文化財 達磨大師坐像 集慶作・周文彩色 室町時代/永享2年(1430) 奈良・達磨寺 展示期間:全期(1月1日〜2月24日まで) 八字形の眉、大きく見開いた目、二本の前歯がわずかにのぞく大きな唇。なまなましい表情であるが、どこか愛嬌がある。インドから中国に禅を伝えた達磨は、禅宗の初祖として重視された。この達磨像は、室町幕府第6代将軍足利義教(よしのり)(1394−1441)の命で造られたもの。 ![]() 『 俊足の守護神 』 下関市指定文化財 韋駄天(いだてん)立像 鎌倉時代/14世紀 山口・功山寺 展示期間:全期(1月1日〜2月24日まで) 童顔ながら凛とした顔立ちが印象的。韋駄天像は、仏法や伽藍の守護神として禅宗寺院の庫裏入り口付近に安置されることが多い。 俗に「韋駄天走り」と称されるように、俊足の神としても有名。中世に制作された韋駄天像は数少なく貴重。 ![]() 『 相国寺本尊、寺外初公開 』 釈迦如来坐像および迦葉(かしょう)尊者・阿難(あなん)尊者立像 南北朝時代/14世紀 京都・相国寺 展示期間:全期(1月1日〜2月24日まで) 禅宗寺院では、「悟り」を重視するため釈迦如来を本尊とすることが多い。釈迦の脇に迦葉尊者と阿難尊者が従って立つが、これは仏法が釈迦から迦葉 - 阿難の順で継承されたことによる。普段は相国寺法堂(はっとう)内の高い須弥壇(しゅみだん)上に安置されているため、今回のように間近で拝観できるのは初めてであり、恐らく最後であろう。 ※展示期間の区分は以下の通り 1期:1月1日〜1月7日 2期:1月8日〜1月14日 3期:1月16日〜1月20日 4期:1月22日〜1月27日 5期:1月29日〜2月3日 6期:2月5日〜2月11日 7期:2月13日〜2月17日 8期:2月19日〜2月24日 五山とは、中国にならって定められた禅宗独特の制度で、京都五山は上位別格の南禅寺より順に、天龍寺、相国寺、建仁寺、東福寺、万寿寺を指します。その下に全国の主要な寺院が連なり、一つの大きな組織となりました。京都五山は順位の移動など変遷がありますが、足利義満が創建した相国寺を加え、南禅寺を別格として確定しました。 ![]() 南禅寺 五山之上 禅に帰依した亀山上皇が離宮をあらためて創建、無関普門を開山に迎えた。一山一寧、清拙正澄など中国から渡来した僧が住持となり、京都に禅を定着させるうえで大きな役割を果たしました。 ![]() 天龍寺 第一位 足利尊氏が後醍醐天皇の冥福を祈るために創建し、夢窓疎石を開山に迎えました。これ以後将軍家は、夢窓の弟子たちを重く用いたので、夢窓派が大きな勢力となりました。天龍寺はその拠点となりました。 ![]() 相国寺 第二位 足利義満が自らの居所、京都室町の花の御所の隣に創建し、春屋妙葩を開山に迎えましたが、春屋はすでに故人となっていた夢窓疎石を開山としました。ここも夢窓派の拠点ですが、特に塔頭鹿苑院の院主が五山を統括する僧録を代々務めたことで、五山の中心的存在となりました。 ![]() 建仁寺 第三位 中国で臨済禅を学んで帰った栄西が、鎌倉幕府の支援を得て創建した京都最古の禅寺。比叡山延暦寺との対立を避けるため、天台密教の伝授も行なった兼密禅の寺です。 ![]() 東福寺 第四位 平安時代以来の貴族の家柄を誇る九条道家が奈良の東大寺と興福寺を合わせたような大寺にしたいという願いから東福寺と名付けた巨刹。開山には中国五山の中心的な僧であった無準師範に学んだ円爾弁円を迎えました。 ![]() 万寿寺 第五位 平安時代に創建。天台浄土教系の寺でしたが、鎌倉時代の住持が円爾弁円に帰依して禅宗寺院となりました。当初は六条坊門にありましたが、火災に遭い、東福寺の隣に移転しました。※現在は公開していません。 (1)特別展記念講演会「五山文化と香道」
(2)禅と茶の講演会「つくしの茶ばなし」と呈茶会
(3)記念講演会
(4)禅と茶の講演会「茶道とは」と呈茶会
(5)体験坐禅会
(6)「京都五山展開催記念 博多うどんと禅」〜禅と食べ物の関わりを考える〜
(7)京都物産展(予定)
● その他 時間、場所、内容等が予告なく変更になる場合がありますので、御了承ください。 |
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