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開館記念特別展第2弾『中国 美の十字路』 平成18年1月1日(日)〜4月2日(日) 特別展示室 ![]() 本展は、唐王朝へむかってトップスピードで突き進む時代の、ダイナミックな中国美術を集めた初の展覧会です。 6世紀後半に隋が中国を統一するまでの戦乱期。北の大地からは遊牧民が押し寄せ、はるか西からはオアシスの民ソグド人によって、珍奇な文物がもたらされました。インドからは仏教が伝来します。この時代、中国は各地の人と文化とで溢れかえりました。遣唐使が憧れた、華やかで国際色あふれる唐の文化は、前時代の多様な文化の交流なくしては誕生し得なかったのです。 これまで語られることの少なかった唐王朝誕生までの軌跡。それが優れた美術品によって浮き彫りにされます。
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白玉製棺槨 世界中の中国美術史家が注目する文物が、山西省で発見された。それは、地下に据えられた亡骸をおさめる家形の棺。漢白玉という大理石にも似た石で作られ、一面に異国情緒あふれる図像が刻まれていた。見るからに「中国」ではない。それは、シルクロードの風俗をうつす一大パノラマであった。 本展が注目するのは、これまで謎に包まれていた国際商人ソグド。 近年の目覚しい発掘成果によって、ソグド商人の活動の実態が明らかとなってきた。ソグド人は、独自のネットワークによって中継貿易を展開し、シルクロード交易を掌握していたのだ。 この棺槨に葬られていたのは虞弘(ぐこう)。中央アジアにあった魚国(ぎょこく)出身で、ペルシャや中国王朝に仕え、ソグド人を統括する検校薩宝府という要職にも就いていた。彼自身がソグド人かは明らかでないが、石に刻まれたレリーフは明らかに中央アジア風情。ソグド人が信仰したゾロアスター教に関わる図像もある。 これらの図像は美術的にきわめて高い水準にたっしているだけでなく、文化史的にもきわめて重要である。今回、メトロポリタン美術館に次いでの世界初公開となる。 ![]() 棺槨(部分) 隋 開皇12年(592) 後漢王朝には、もはや広大な版図を築いた前漢王朝の勢いはなく、貴族たちの関心も内面へと向けられた。往時をしのぶ勇壮な文化は辺境の地に存続し、都のある江南の地には、洗練された貴族文化が育まれた。 ![]() 熊形容器 西晋(265-316) 江蘇省秣陵関西晋墓出土、高8.5cm南京博物院 貴族のあいだでもてはやされた越窯産の青磁。すっきりとした碗や皿以外にも、このような遊び心ただよう容器も作られた。小ぶりながらも、顔や手足の表現など細部にこだわった作りである。 ![]() しょう車 後漢(25-220) 高97cm、甘粛省麻嘴子48号墓出土、甘粛省博物館 出土時はバラバラになっていたとはいえ、1800年以上も昔に作られたとは思えないのこりの良さである。手綱をあやつる御者と主人だけが乗る簡素な馬車ではあるが、漢王朝の勇壮さがうかがえる。 中国北部は異民族が建てた国々によって占拠された。もともと素朴な遊牧民であった彼らも、漢民族の文化を積極的に取り入れ、急速な勢いで発展した。ここに北の遊牧民と南の伝統的漢文化が融合するかにみえたが、ふたたび鮮卑など北方遊牧民を中心とする文化が隆盛をみるのであった。 ![]() 鹿形器 前燕(337-370) 長34cm、遼寧省喇嘛洞高溝7号墓出土、遼寧省考古研究所 鮮卑族の立てた前燕という国の貴族墓地から出土。遺体の胸に置かれていた。首を曲げて振り返る鹿を、あたかも現代の抽象彫刻のように作り出す。素朴で、無駄のない造形美。 ![]() 雑技俑 北魏(386-534) 高25.3-27.4cm、山西省燕北師院北魏墓出土、大同市考古研究所 当時人気を博した西域の雑技団。宴席や市中で好んで催された。手にしていた楽器などは残っていないものの、軽快なリズムが聞こえてくるようである。 華北を占拠した遊牧国家によって、シルクロードはいよいよ繁栄した。西方からは金銀器、ガラス、金貨などがもたらされ、中国特産の絹織物は西方へと運ばれた。ユーラシア大陸を横断する壮大な交易の担い手はソグド商人。謎にみちた彼らの実態が、明らかにされようとしている。 ![]() 棺槨 隋 開皇12(592) 高217cm、山西省虞弘墓出土、太原市晋源区文物管理所 狩猟や宴会など様々な場面が見事に彫りだされる。中央アジアのイラン系民族や北方の突厥民族などの風俗と同時に、ゾロアスター教の儀式の様子も表される。メトロポリタン美術館に次いで世界初公開。 ![]() 人物文水差 ササン朝ペルシャ(5-6世紀) 高37.5cm、寧夏回族自治区李賢墓出土、固原博物館 高官の墓から出土した。把手の頂上には兜をかぶる人頭、器腹にはギリシャのトロヤ戦争になぞらえた故事が表される。墓主の李賢は皇帝の厚い信任を得ており、このような名品も皇帝から贈られたものかもしれない。 インドから流入した佛教は、幾度の弾圧を受けながらも篤く保護され、ここに中国の佛教文化が成立した。しかし、新たに入ってきたグプタ様式によって、ふたたび模索の時代が始まる。さまざまな審美観が対峙する過渡期を経て、肉体の写実性や量感を強調した、より普遍的な唐の佛像様式が生まれる。 ![]() 菩薩立像 隋(581-619) 高136cm、山東省龍興寺跡出土、青州市博物館 龍興寺跡出土の仏像はどれも美しく、日本でも展覧されているが、これは日本初出品であり、菩薩像のなかでも最も美しいものの一つである。華麗な装身具はまるで現実化と思わせる立体感と重厚感を備えている。 ![]() 観音菩薩立像 北周(557-581) 陝西省西安市郊区出土、西安市文物保護考古研究所 像は白大理石、台座は石灰岩で作られる。肉付きがよく、ずんぐりとした体形や華麗な金箔貼りの瓔珞に、北周独特の造形美がうかがわれる。 唐は天下統一を果たした隋王朝のあとをうけて、世界帝国へと歩みだした。唐の朝廷には世界の国々から使節が訪れ、都の長安は世界の国々から集まった人と文化とによって、異国の香りと自由な気分に包まれた。もはや南北の壁も東西の壁も取り払われ、南北の文化、東西の文化は融合し、ここに国際的文化が誕生した。 ![]() 女俑 唐(618-907) 高29.5cm、新疆ウィグル自治区アスターナ206号墓出土、新疆ウィグル自治区博物館 頭部は泥塑、身体は木製で腕は紙製。驚くべき保存状態の良さだ。額と口元に装飾したこの女性は緑の長袖の上から連珠と双鳥をあしらった半袖を身に着ける。髪型、化粧、服装のどれをとっても流行の最先端である。 ![]() 鹿文盤 唐(618-907) 口径50cm、河北省大野鳩嶺出土、河北省博物館 角は霊芝状になっており、中国的である。同様の図像は正倉院の銀盤にもあらわされる。花弁を模した器の形や花文様のおおらかな表現に時代性がよく出ている。 |
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