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洋学のなかでも、最も日本に普及したのは蘭方医学である。江戸時代の医学は、新しく中国から伝わった医学のなかでも実証性が重んじられた。その東洋医学に対して、蘭方医学は最初長崎の通詞から伝わっていった。安永3年(1774)杉田玄白らによる「解体新書」の刊行により、全国へ本格的に普及していく過程を紹介する。 1 伝屍病肝心抄 鎌倉時代 貞応3年(1224)1巻 文化庁 2 重訂解体新書 江戸時代 1冊 東京国立博物館 3 シーボルトから贈られた外科道具 江戸時代 19世紀 15点 東京国立博物館 ![]() ◎ 伝屍病肝心抄 でんしびょうかんじんしょう 結核性の病気と思われる伝屍病の治療法を記している。針を打つ位置を人体に描いた日本最古の図といわれる。 ![]() ◎ 重訂解体新書 じゅうていかいたいしんしょ 杉田玄白の『解体新書』を、文政9(1826)年大槻玄沢が改訳増補した。付図も精細な銅版画とした。 ![]() ◎ シーボルトから贈られた外科道具 しーぼるとからおくられたげかどうぐ 文政7(1824)年、シーボルトからオランダ通詞吉雄権之助を通じて、越後の蘭学者五十嵐其徳に贈られた。 |
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